「え…」
思わず出た声にディアッカは自分で驚いた。
イザークは泣いていたのだ。懸命に声を出すのを堪えていたのだろうけれど、ガラス玉のような瞳を囲うように透明な液体が溢れだし、白く絹のような頬を伝い落ちている。ぎゅっと結んだ唇は強く噛み締めすぎて腫れ上がっていた。
「…っくぅ」
嗚咽とともに涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。そんな姿にディアッカの勢いは完全に削がれてしまっていた。怒りの感情よりもむしろ今は心配が先に立つ。
「イザーク…」
とたんにおろおろとしてしまう自分に今度は呆れながら、それでも心配しないではいられなかった。
「ど、どうしたんだよ」
振り向かせた肩を両手で押さえて覗き込むと、また一粒涙が流れた。
「初め・・・だ、から・・・楽しみ・・・だっ・・・んだ・・・」
ひくぅっとしゃくりあげる合間に漏らす言葉にディアッカは何も言えなかった。
自分だって楽しみにしていた。でもそれはイザークと花火ができるという意味で、花火自体は何度もしたことがあったから雨なのは仕方がないことなのだと思っていたのだ。
だけどイザークは違ったらしい。きっとディアッカの何倍も楽しみだったに違いない。よく考えてみればディアッカは夏の間ずっとここにいるから別の友達とだって花火はできるけれど、イザークは家に帰って自分の家の別荘に行けばきっと花火なんてしないのだ。そもそも手持ち花火がこのプラント以外にあるのかどうかもディアッカは知らなかった。夏になるとこの辺りでは当たり前のように売り始める花火だけれど、そういえば自分達が住む幼年学校のある街では見かけたこともなかった。
「けっ・・・ど・・・雨なん・・・て、悔し、い・・・・っぅ」
あぁそうか。
イザークは仕方ないなんて言葉であきらめたくなかったんだ。自分の力で何とかなるならどうやってでも実現させたのだろう。だけど天気ばかりはどうにもできなくてその歯痒さが悔しいのだ。
きっとイザークの辞書にはあきらめるとか仕方がないなんて言葉は存在しないんだろうな・・・ディアッカはそれでもまっすぐに見つめる青い瞳の少年が羨ましくなった。自分は不幸せではないけれど、子供らしく過ごす時間は平均よりずっと少なかった。この歳でイザークみたいにまっすぐでいるにはいろいろとありすぎたから。
そう思うと同時になんとかしてやりたいと思った。自分が言い出した手持ち花火の話を言い出した方がさきに諦めてしまうなんて、やっぱりそれは酷いことなんじゃないかと思ったのだ。
堰を切った涙はなかなか止まりそうもなくて戸惑いつつもとりあえず、金魚模様の手ぬぐいを差し出した。受け取ったイザークは涙を拭いた後、びぃーっと鼻をかむ。 うーん、と唸るように考えながらディアッカは視線の先で軒先の敷石を捉えた。
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