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「そうだ、悪いけど今日一人で帰ってよ」

 昼休み、食堂に並んで向かいながらディアッカがイザークに告げた。

「なんだ、今日は来ないのか?」

 学校の授業が終わるとディアッカはたいていイザークの家に寄る。自分の家に帰っても待っている人はいないし昔なじみの知り合いとつるむのも今では面白くなかったから、特別の理由がなければイザークと一緒に彼の家に寄り、夕飯をご馳走になってから家に帰るのだ。自分の息子に友人が出来たことをエザリアは喜び、今ではもう家族も同様に受け入れられている。

「エレカのライセンス試験受けに行くからさ」

 プラントでは14歳でエレカのドライビングライセンスを取ることができる。試験はシミュレーターによる技能試験と200問の交通法規に関するテストだけで、事実上は誰でも取ることが出来るとされているものだ。1ヶ月前から申込みさえすれば試験自体は即日に受験ができて、ライセンスカードの発行日は誕生日の一週間前からになる。

「ライセンス・・・?」
「そ。来週で14だからな、オレ。少しでも早く取りたくて」

 ディアッカの言葉にイザークは軽く目を見開いた。車で送り迎えをしてもらうことが当たり前のイザークにとって、自分で運転をするというのは思いも付かなかったのだろう。実際、イザークの周りで運転をする人間といえば家の使用人ばかりだった。それに街中ではオートドライブ機能つきエレカのステーションがあちこちにあるから自分から運転する人間というのはほとんどが趣味なのだ。
 イザークの表情にディアッカはきっと驚いたのだろうなと思って笑う。ディアッカとてイザークと同じくらいの家のお坊ちゃまなのだから本来ならそんなものは必要ないのだけれど、昔からディアッカはエレカのライセンスがほしくてたまらなかった。だからライセンスの取得を話すのはディアッカにとっては自分の小さなころからの夢を打ちあけるようなものだった。
 パチパチとしばらく瞬きをしてきょとんとしていたイザークは、口の端に笑みを浮かべ独特の表情で笑う。

「お前が運転するようになったら、俺の送り迎えでもするか」
 
 思わぬ提案に今度はディアッカが目を見開いた。
 イザークは毎朝お抱え運転手の車で登校している。イザークの母親はタカ派の議員で、その息子というのはテロのターゲットには格好だったから、それを心配した母親がそうさせているのだという。それをディアッカにやらせるというのだ。

「いいぜ。どうせ通り道だし」

 イザークとしては単なる思い付きなのかもしれないけれど、その提案はディアッカにしては面白すぎる。自分に送り迎えをさせるというのは登校も下校も毎日一緒にしろ、ということを意味している。そこまで気に入られていると思うと自然とディアッカは笑いそうになってしまう。イザークを知れば知るほど気に入った人間にはとことん懐を許すということがわかってきた。イザークはガードが固い。だがそれを踏み越えてしまうとディアッカにとっては多少の癖はあるが感情がストレートな分だけ付き合いやすい人間だった。そして自分は間違いなく一番近くにいることを許されている人間なのだ。嬉しくないはずはない。プライドの塊のような人間が自分を認めているというのは。

「じゃあ一発で受からないとな」

 書類の不備でもないかぎりは落ちるような試験ではない。それを知っているイザークはふん、と鼻で笑った。

「いっそ落ちたほうが話題になるぞ」

 この学校ではエレカのライセンスを在学中に取るというだけでも間違いなく話題になるだろう。それが落ちたとなれば暇人たちの格好の餌食に違いない。

「冗談っ」

 軽く肩を竦めてディアッカは慌しくいつもの指定席を取りに向かった。
 窓際の席は長テーブルじゃなく四人がけの独立した席で、ごみごみとした空気を嫌うイザークのお気に入りだった。ディアッカもそこは似たようなもので、みんな仲良く一列に並ぶというスタイルはいかにも規律重視な名門学校っぽくて好きじゃない。なにより屋上へ逃げ出していたくらいなのだから本当は食堂に来今るのだってたいした変化なのだ。それもこれもイザークとの暇つぶしには欠かせないとディアッカが判断したからこその歩み寄りだった。
 そしてそんなディアッカの気持ちを知ってか知らずかイザークは週に一度くらいの割合で自宅から豪華な弁当を持ってくる。あの朝の約束の通りに。そのときは二人で屋上へあがってピクニック気分で昼飯を食べるのだ。

「あ、マンゴープリン確保しといて!」

 振り返りながらディアッカが注文する。イザークに平然と物を頼めるのなんてディアッカだけだ。

「そういえば先週は間に合わなかったんだな」

 カウンターに向かいながらイザークは思い出す。授業が長引いて食堂に来たのは随分遅い時間だったのだ。
 木曜日限定20個のマンゴープリンはディアッカがこの食堂で一番気に入っているメニューなのだ。

「仕方ないな」

 言いながらイザークはマンゴープリンを確保すべく列に並ぶ。ディアッカに頼まれることをイザークは別になんとも思っていなかった。むしろ友人としては当然のことだと捉えている。ディアッカが席を確保するためにカウンターの列に並ぶのが遅くなるのだから、変わりに自分ができることをするというのはgive & takeだ。
 しばらくして席に向かったイザークの手にはAランチと二つのマンゴープリンが載ったトレイがあった。
 イザークは別に甘いものが好きなわけじゃないのだが、ディアッカのヤツがいつもおいしそうに食べているからついつい付き合ってマンゴープリンを自分の分まで確保してしまうのだ。そして確かにこのプリンはうまいと思う。ディアッカの味覚は確からしい。

「お、さんきゅ」
 
 二つ並んだプリンの容器を見てディアッカは言った。
 その日の昼食の話題はディアッカが話し出した女性数学教師のファッションセンスについてと、イザークがこの数日気になっているという最近のプラント経済の状況についてだった。
 二人の話題はゴシップから政治経済までジャンルを問わず幅広く、そしていつでも盛り上がった。不思議とイザークはディアッカ相手ならば以前ならくだらないと耳を貸さなかった芸能ネタでさえ聞くようになっていた。それはディアッカの知識の幅広さにイザークが一目置いているのが理由だ。硬い話には詳しくても、たとえば街中のポスターの芸能人については知らない自分に比べてディアッカは本当にいろんなことを知っていて、なんだか悔しいと思ったのだ。それにどんなことであれ知識が多いことは先々どんな場面で役立つかわからない。人脈と知識は広く多いに越したことはないのだ。
 そんな経緯で、今では知識の多さと考察の深さについてディアッカについてこられる人間もイザークを退屈させない人間もこの学校には他には誰もいない。
 そしてそんな自分たちの関係は悪くない、とイザークはいつしか思っていた。












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