そうだったのか。
これを作る練習のために昨日も今日も早く帰ったんだ。理由を説明できないから、何も言わずにとっとと帰るしかなくて。
スプーンを手にとってそれを掬う。パリッと表面の焦げが割れると柔らかいクリームが顔を覗かせた。口の中でその甘さと苦さがじんわりと広がっていく。少しだけ小麦粉のざらつきがあるカスタードクリームは確かにイザークの手作りらしい。
ぶわっ、とディアッカの目じりが熱くなる。
慌てて下を向いてナプキンを手にしてもとっくに手遅れだった。
こんなの初めてだった。
自分の誕生日のために誰かが一生懸命になってくれたことなんてなくて。自分にとって誕生日はただ年齢が増えるだけの一日でしかなかった。嬉しいとも悲しいとも思ったことはなくて、ましてや祝われるなんて想像もしたことがない。心の底から祝ってくれる人なんて自分の周りには一人もいたことがなかったのだ。
それが、こんな風に祝ってくれるなんて。
それがイザーク・ジュールだなんて。
しかもわざわざ自分の好きなものを作ってくれるなんて。
よくわからない感情が一気にあふれ出してきて、ディアッカは何も言えなかった。ぽろぽろと溢れる涙が膝の上に次々と水滴となって落ちていく。
それにエザリアもイザークも何も言わなかった。
「今日は泊まっていきなさい」
ようやく落ち着いたころにエザリアが優しくそう言った。
真っ赤になった目を必死に押さえながらなんとか平静を取り戻してディアッカは頷く。
「ありがとう、そうします」
それを聞くとエザリアは最後のコーヒーを口にして立ち上がった。
「それじゃあ、私は仕事に戻らないといけないから失礼するわね。夜更かしはあまり感心しないけれど、今日は目をつぶることにしましょう」
仕事で忙しいはずなのに自分のために時間をとってくれたのだと気がついてディアッカは慌てて立ち上がってお礼を言う。
「ありがとうございました、おばさん」
「息子のわがままに付き合うのは楽しいからいいのよ」
にこやかに笑いながらその人はディアッカの頬に親愛のキスを一つ落とすとダイニングを出て行った。
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