「その、ありがとな」
イザークの部屋でディアッカは恥ずかしそうに改めてお礼の言葉を口にした。だがイザークはディアッカの涙をみたことを特別気にした風でもない。
「たいしたことじゃない。お前みたいな遊び鳴らした奴にサプライズするには古典的な方が効果あるってのがよくわかったのは収穫だな」
自分の作戦が成功したせいかイザークの機嫌はいいらしい。いつもならそんなイザークをからかうのに今日のディアッカはそんなふうにはなれなかった。
ベランダに立って広い庭を見下ろすと別棟のガレージの端に銀色のスポーツカーが見える。欲しくて堪らなかったピカピカの乗り物が今はなんだかくすんで見えた。どうしてなんだろうと考えて、ディアッカは自分の胸の内がイザークへの感謝の気持ちとそれだけではうまく表せない気持ちに溢れているんだと気がついた。
自分はもしイザークと出会っていなかったら今頃何をしていたのだろうか。
「なぁ」
ディアッカの言葉にイザークはソファの上から声だけで返事をした。オットマンに足を乗せてお気に入りの本を広げているらしい。
「なんだ?」
「イザークの誕生日っていつ?」
そういえば、友人といいながらそんなこともまだ知らなかった、そう思いながらディアッカは聞いた。
「8月8日だ」
「じゃあそのときには10倍返しくらいさせてもらうよ」
「ふん、それは楽しみだな。感激して泣きすぎてショック死するくらいのものか」
意地悪く笑うイザークにディアッカは「まいったな」と苦笑するが悪い気持ちは全然なかった。むしろ、誕生日の夜にそんな風に笑える友人がいる幸せの方が大きい。
「イザークは殺しても死なないタイプだから、ショック死は無理だと思うけど努力するよ」
「せいぜいがんばってもらおう」
尊大な物言いにディアッカはまた苦笑した。
「友達っていいもんだな」
「ん?なんだ」
ポツリともらしたディアッカの言葉をイザークは聞き返す。
「いや、別に」
今までは自分が好きなものはいくらだって手に入れられた。自分で選んで対価を支払う。だけどそれは手に入れる、ただそれだけだった。
だけど友人というのはまったく違うものらしい。
自分が選んだ相手というのは、自分と同じかそれ以上に自分のことを認めて選んでくれるだけじゃなく、自分のことを「思って」くれるのだ、とイザークの不器用なやり方が教えてくれた。
銀色のスポーツカーは確かに欲しかったけれど、あれが自分のためにケーキを焼いてくれるなんてあり得ないし、納車された日をどうやってお祝いしてやろうかなんて自分が考えるとも思えない。
つまり、こういうのを掛け替えない物っていうのか――。
それに気がついたディアッカはなんだか落ち着かない気持ちになった。
遊び鳴らした自分が軽い気持ちで面白い奴と卒業まで友達でいるだけだったはずなのに。なんだか事態は予想もしない展開を見せ始めているような、そんな気がして。
「おい、相手しろよ」
呼ばれて振り返ればイザークが得意のダーツを用意していた。
「あぁいいぜ」
ディアッカはゆっくりとそれに近づきながら、ふと思いついてイザークの腕を取った。そしてそのままイザークの頬に唇を押し付ける。
「なっ!」
驚いたイザークが目を真ん丸くさせるのを見て、にやっと笑う。
「とりあえずのお礼」
「お前ッ、男にキスされて誰が嬉しいか!!」
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
そしてイザークの手から矢を奪い取ると軽く放り投げる。それはキレイな放物線を描いてボードの真ん中へ突き刺さった。
「悪いけど、今日は負けないぜ」
「ふん、望むところだ」
張り切るイザークの様子に笑いながらディアッカはイザークはまるでこのダーツみたいだと思っていた。
人前で涙を見せるなんて記憶の限り初めてだった。
それほどにあっけなく、まっすぐに自分の心を射抜いてしまったのだから、イザーク・ジュールというのは本当にすごい奴なのかもしれない――。
「なぁイザーク、ちなみに来年の誕生日はどうしてくれるわけ?」
いたずら心で尋ねるとしばらく考えてからイザークはニヤッと笑いながら答えた。
「そうだな、キスでも何でもお前の欲しいものをくれてやるぞ」
「ちぇ、ひでーな」
揶揄する言葉に苦笑しながらディアッカはダーツを手に取った。
その言葉がどんな意味を持つのかまだ、お互いに知らないまま。
銀色の矢がイザークの放った矢の跡に吸い込まれるように、ゆっくりと重なっていった。
END
2007.8.3
Happy Birthday DEARKA!!
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