「アスラン・・・感謝する。ここに一緒に来てくれてありがとう」
 シャトルステーションに向かうエレカの中でイザークが言った。運転しているアスランはブレーキを踏んで速度を落とすと路肩へ停車させる。
「感謝なんていらないよ。でも本当に来てよかった」
 思わぬ情報が手に入って、イザークは自分の出生さえ知ることができた。それは予想もしない収穫だった。
「やっとわかったんだ。全ての時間は未来へと繋がっていくんだってことが。だから俺がアスランと兄弟として過ごしてきた時間だってどんな形でも未来に繋がっていくんだと思う」
 まっすぐに窓の外を見てイザークは言う。
「あの女に自分の生い立ちでは手に入らない職だといわれて、どこかでそのことが気になっていたのかもしれないと思った。自分は捨てられた子供だからとずっと思い続けていたから」
 何も気にしない顔をして、けれどイザークはずっと心の一番深いところで孤児としてのコンプレックスを抱え続けていたのだ。
「だったら、今日のことで全て君の過去は埋まったんだろう。捨てられたんじゃなく、預けられていたんだ、そうだろう?」
「あぁそうかもな」
 不意にアスランは運転席から抱きしめた。
「なっ」
「もう二度とオレから離れないって誓ってくれ。でないと離さない」
「アスラン・・・」
「今日君は生まれたんだ。新しく、イザーク・ジュールになった。だからオレはそのイザークをもう一度手に入れて、今度こそ離さないよ」
 『イザーク・ジュール』・・・初めて知った自分の本当の名前。それを呼ばれたイザークはくすぐったいような気持ちになる。自分はこの名に恥じない生き方をしないといけないのだ。拾われた子供ではなく、イザーク・ジュールという人間として。
「誓う。俺はアスランとは離れない。イザーク・ジュールの名前にかけて約束する」
 今まではザラ家の同居人としてのイザークでしかなかった。だが家の名は自分だけのものではなく、母や祖父たちもそれに連なる神聖なものに思えた。だからこそその名前にかけて誓いたかった。
「愛してる、好きだよイザーク」
 抱き寄せたままキスをしてイザークは目を閉じる。イザーク・ジュールになってからの初めてのキスは少しだけ涙の味がした。
 ピピピピッピピピピッ。
 突然モバイルフォンが鳴ってイザークはそれを取り出す。けたたましい乱入の主は、もしかしたら誰より有能で敵にしたら恐ろしいかもしれない男からだった。
「なんだ?」
「機嫌悪そうだな、ラブシーンの途中でも邪魔したかよ?」
 図星をさされたイザークはわかりやすいくらい顔を真っ赤にした。画面の向こうでディアッカが顔を抑える。
「あっそ。そりゃ悪かったな。てか、もうちょっと隠すとかしてくれねぇ?一応オレとしては失恋真っ最中なんですけどね」 
 するとそこにアスランが横から割り込んだ。
「だったらとっとと消えたらいい。いつまでもイザークの傍にいるのは君の意思だろう?」
 勝ち組の余裕を浮かべるアスランにディアッカは喧嘩を売るつもりなどない。だいたい、必要があったから連絡したんであって、好きで邪魔をしているわけじゃない。
「あぁどうせオレ負け犬だよ。けどそんなことはどうでもいいって。何時に戻るんだよ、こっちは時間切り上げてるっていうのに」
 今日は二人暮らしのお祝いといろいろと助けられたディアッカへの感謝の意味も兼ねてホームパーティをすることになっていた。とはいっても料理はケータリングだったし、パーティといっても3人だけだから酒を飲むだけで終わるだろうが。そしてどうしても昼間にカレッジを抜けられないディアッカは感謝されるはずなのに料理担当で先に準備をしているのだ。
「今ステーションに向かっている。17時には着くだろう」
 イザークの言葉に「あっそう」と答えると、画面いっぱいに顔を映りこませて文句たらたらの風で告げる。
「言っておくけど、キスマークなんてつけて帰ってくんなよな。こっちは傷心の身なんだ。何するかわかんねぇぜ」
 脅しの言葉にイザークは笑う。まったくどこまでお見通しな奴なんだ。画面に映らないところでアスランの手がイザークの肌に悪戯を始めているのだから。
「だとさ、アスラン」
 わざわざ向こうにまで聞こえるように言うとアスランは無言のままその通話を打ち切った。
「アスラン?」
「いくらアイツにだって邪魔だけはされたくない。せっかく二人きりで幸せかみ締めてたのに、無粋なまねなんて許せないよ」
 子供みたいに拗ねる様子にイザークは苦笑した。
「この先いくらだって二人でいられるんだ。そう拗ねるもんじゃない。アイツには巨大な借りがあるんだからな、帰るぞ」
 自分からキスを押し付けてイザークは言う。
「わかったよ」
 アスランはもう一度深く口付け手からイザークを解放した。
「その代わり、明日は一日中離さないから覚悟してくれ」
「あぁ、いくらでも」
 好きな人を真っ直ぐに見つめられる。そんな自分が誇らしく思う。拾われた自分も、ジュールという名をもつ自分も、アスランの隣にいる自分も。すべては自分の真実なのだ。
「アスラン、好きだ」
 その言葉に嬉しそうに笑うとエレカは走り出した。そっと伸ばしたイザークの手をアスランがしっかりと握り締めて――その手はいつまでもずっと離れなかった。
 









2009.2.5END
初出2006.11.3刊『Truth』







-20-





BACK