抱きしめたい!


「まったく!なんだってあんな議題でこうまで長引くことになるんだ!!」

 苛立たしげに軍服の裾を翻しながらイザークは長い廊下を今にも走り出しそうな勢いで早足に歩いていた。

「あああ、そんなに慌てちゃって」

 副官のディアッカはまーったく、と呆れながら笑い出しそうになるのを懸命に堪えた。
 今日の日付は10月29日。

「荷物なら預かるけど?」

 幾分歩く速度を落としながら後ろから上官に声をかける。ここから自分たちの執務室のある建物まではエレカで戻らなくてはならないのだ。するとその白い背中が一瞬ピクリとし、それから麗しのジュール隊長は振り返った。

「借りは返すからな」

 そういいながら手にしていた大量の資料を優秀すぎる副官に押し付けてイザークは人目も構わずに走り出した。

「別にそんなの期待してねぇよ」

 やれやれと肩をすくめながらディアッカが言うがすでにその姿は視界から消えている。
 
「ま、せいぜい明日遅刻しないでくれよな」

 恋人の誕生日に大急ぎで帰るなんてかわいい一面を見せられたら寛大にだってなってしまうだろう。しかもあのイザークが、となれば誰が文句など言えるというのだ。

「これが平和になったってことかね」

 戦争中のことを考えれば誕生日を祝うなんてありえない話だし、ましてやそのために仕事を切り上げてしまうなんてもってのほかだ。けれど、今はそれが許される。
 些細なことなのかもしれないけれど、自分たちがしてきたことは無駄じゃなかったんだな、と二人分の荷物を抱えてディアッカはそんなことを思っていた。








「んーっ」

 自宅のソファの背もたれに寄りかかりながらアスランは大きく一つ伸びをした。
 時刻は22時を回ったところ。
 待ち焦がれている恋人はまだ帰る気配もない。




 戦争が終わってアスランがプラントに戻ると二人は一緒に暮らし始めた。イザークはそのまま軍に残りアスランもザフトに戻った。とはいってもモビルスーツのパイロットではなく事務方を希望したからイザークとは違う部署だ。それでも以前に比べれば一緒にいる時間は格段に増えたし同じ家に住むことですれ違いもなくなった。要するに今の二人は端から見れば――というかディアッカに言わせればラブラブ状態なのだった。




 今日はアスランの誕生日だ。
 だが当人はさっきからずっと待ちぼうけを喰らっている。仕事だから仕方がないけれど、やはりそれなりに寂しいと思ってしまう。

 本当はイザークがあれこれ計画していたのをアスランは知っていた。
 
 一週間くらい前からイザークは落ち着きがなくて何か考えてるんだろうな、と思ったけれど気付かない振りをしていた。そうしたら3日前に今日の夜は予定を空けておけと言われた。空けておくもなにも自分の誕生日に恋人以外と過ごすつもりなんて端からないのだがおとなしく言うことを聞いておいた。
 すると今日の夕方になって急に会議が入ったと連絡がきた。終業時刻に副官のディアッカに連絡をとってみたら会議が長引いているという話で、アスランへの伝言は「終わり次第連絡を入れる」ということだった。
 けれども一向に連絡はなく、20時を過ぎたところで再び連絡をしてみると「日付が変わるまでに帰すから」とディアッカに言われた。つまりは日付が変わるまでには帰れるだろうというくらいに会議は踊ってるということなのだろう。いや、イザークがいれば軌道修正を図ろうとはするかもしれないが、逆にそれが長引く原因だったりするのかもしれない。
 そんなことを考えてからアスランはケータリングサービスを頼んだ。きっとレストランの予約でも入れてあったのだろうがこの時間で仕事が片付かないならそれもキャンセルだろうから。

 そして、誕生日なんだからと奮発して注文した有名ホテルのケータリングも届いてから1時間も経ってしまった。
 
 仕事ならば仕方がない。
 ソファに寝転びながら何度もそう言い聞かせてみる。
 自分だって仕事が遅くなってイザークを待たせたことだって約束をキャンセルしたことだってあるんだし。何よりイザークが自分のために仕事をおろそかになんてされたらそれこそ誕生日を祝うなんて気持ちにはなれないだろうから。
 
 でもせめて日付の変わらないうちにイザークの顔をみたいな、とアスランが思ったそのときに突然ケータイが鳴り響いた。
「あと5分で帰る!」
 それだけいうと一方的に切れてしまい、あっけにとられたアスランはイザークの慌てぶりからその様子を想像して一人で笑い出した。








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