REST


 忘れようとするたびに、忘れられると思う頃に、アイツからのメールは届く。
 三日前にそれは来た。
 
「元気にしてるか? 俺は元気だよ」と。
 いつもと変わらぬ書き出しで、当たり障りのない近況ばかりを綴って。決まって最後は「またメールするよ」と。
 返事など一度も出したことはないのにそれについては触れもせず。戦災孤児の施設に行った話だとか、海で焼きすぎた話だとか、クラシックカーを運転してみた話だとか。
 どんなときも俺の名前以外は出てきたことがない。一緒にいるはずのキラ・ヤマトやオーブの首長の名前を書くことなく、それがまるで当然のような文章で。
 それが逆にアイツとの距離を感じさせて俺は嫌だった。


「隊長、必要な書類のチェックは終わりました」
 シホの声で我に返って顔をあげる。
「あぁ、ご苦労。もう上がって構わないぞ」
 時刻はすでに17時過ぎ。通常勤務の定時を回っていた。
「ありがとうございます。隊長もあまり無理なさらないでくださいね」
 気遣いを見せたシホの言葉に俺はあいまいに頷くと視線で促して黒髪の少女を下がらせた。


「隊長、か------」
 もう随分と馴染んだはずの呼び方に、未だにときどき違和感を覚える。
 あれほどなりたいと思っていた立場にいざなってみても、それに驚くほど何も感じなかった。呼称というのは呼ぶ側に重く意味をもたらし、呼ばれる側というのはさほど変わりがないものなのだ、と。白い服を着るようになってようやくわかったのかもしれない。

 小さくため息をついて、開いていた画面を閉じる。
 プライベートのアドレスに届くメールはアイツからのメールだけだった。ザフトのアドレスを知らないわけじゃないのに、必ずプライベート宛てに送信してくるのは、奴なりのけじめなのかもしれない。


「イザーク?」
 ドアを開けると同時に見慣れた金髪が部屋に入ってきた。在室を確認するまでもなく、当然というように。
「なんだ、まだ帰ってなかったのか」
 ディアッカのシフトは早朝から午後3時までのはずだった。だからシホに仕事を手伝わせたのだ。
「んー、ちょっとね」
 らしくもなく言いにくそうに、ディアッカは俺の様子を伺うように立っている。
「何だ」
 促すと渋々というようにして、一枚のディスクを差し出した。
「コレ、見てよ」
 手渡されたそれをPCのスロットに入れて画面を見ると、流れていく大量の記号たち。
「イザークの、ザクファントムの整備データなんだけど、それ」
 言われれば確かに見覚えのあるデータだった。
   

 








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