あっけにとられるイザークをよそにアスランの体はイザークの腕にぶら下がる形で階下のベランダの上に体を投げ出している。身を乗り出してそれを確認したイザークは慌ててそれを引き上げようとした。だがアスランは大きく振り子のように体を揺らすとその腕を離し、ベランダに飛び降りていった。
「早くおいでよ」
下の階のベランダから見上げてアスランが呼びかける。その顔はまったくもって屈託がない。
「アイツ…、本当のバカか?!」
自分が今夜、どのような立場にいるのか、それが姿を消したらどういうことになるのか。そんなことまったく考えていないんだろうというのは、無邪気な笑顔からよくわかる。あんな奴がことごとく自分から首位を奪っているのかと思うと腹立たしいが、それでも怒鳴りつける気にならないのは、アスランの提案を自分が拒否しきれないからだとイザークは理解していた。
「…ったく」
そしてふわり、と手すりの上に舞い上がるとそのまま銀色の長いコートを翻し一気に階下に飛び降りる。
「ナイスキャッチ」
降ってきたイザークの体を抱きしめながらアスランが言うと、形のよい眉をしかめてイザークがその顔を睨み付ける。
「腰抜けだけじゃなく、大バカものだな」
「そのくらいじゃないとやってけないよ」
イザークの恋人なんて。
囁きながら唇を奪うと、返ってきたのは抗う腕じゃなく、抱き寄せるための腕だった。
「知らないからな」
「大丈夫、気づかれないよ」
「ふん、どうだか」
青と碧の視線を合わせながら、キスの合間に交わす言葉は月の光を浴びて砂糖菓子みたいに甘いものだった。
「やっぱりイザークじゃないとダメみたいだ」
「勝手に言ってろ」
「いくらでも言うよ。大好きだよ、イザーク」
「……」
すぐ目の前の耳が赤く染まったのを見ると隙を見てアスランはイザークの首筋にきつく口付ける。
「っバカ!! 跡が…っ」
「もう戻らなくていいよ、ここでずっと君といたいから……ダメ?」
甘えるような言葉にやっぱりイザークは拒否なんてできそうもなかった。抱きしめられた腕も吸い付くような唇も、もうとっくにイザークを捕らえて離さなかったから。
「…勝手に、しろ」
満足そうに頷くアスランの顔が淡い光に照らし出される。
月光が射し込むベランダで二人は抱きしめ合った。
今だけは、戦争も訓練も他の人のこともすべて忘れ去って。
その光に溶けてしまうかのように。
一夜だけの幻に、ただ愛する人だけを見つめていられることを悦びながら……。
そして。
会場のベランダには、二つ揃って並べられたシャンパンのグラスだけがその場にひっそりと残されていた―――。
fin.
2006/8/14
To fuguさん
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