「それで最近はどうなんです?」
テーブルの向かいで上品な手つきでランチのカレーを食べながらニコルが言った。
「どうって?」
訊ねるアスランは質問の意図がつかめないらしい。
「決ーまってるでしょ。色恋沙汰にぃ」
横から滑り込むようにしながらトレイをテーブルにおいてラスティが突っ込んできた。
「い、色恋ざ・・・・・・ぐっ、ゴホッ」
ごほごほと見事にむせながらアスランは慌ててグラスの水を飲み干した。
「何むせてんだよ」
「だっていきなり!」
涙目になりながらアスランは抗議の声で訴える。
「いきなりもなにも関係ないじゃん。ゆっくり話す時間なんてメシのときくらいしかないんだからさ」
どういうわけかアスランが恋をした、というニュースはいつのまにかアスランの周りに知れ渡っていた。周りと言ってもニコルとラスティとアスランが自ら墓穴を掘ったディアッカくらいだったけれど。
「ここ数日はおとなしかったみたいですけど、まさかこのまま何もしないわけじゃないですよね」
恋を自覚しちゃったアスランが取り乱した挙句、ディアッカに恋愛指南を受けて自爆したというのは先週の話だった。そのあとは訓練が忙しくて誰もそんなのを気にしている余裕なんてなかったのだが、今日は一段落して通常の授業形式にもどっていた。
「何もしないなんていわれても」
そもそもアスランとしては自覚したもののどうしたらいいのかなんてまるで考えていなかった。
いや、どうにかしようとしたのに見事に玉砕してしまったものだから尻込みしているのが正直なところだった。
それがわかっていてみんなわ面白半分炊きつけようとしているのだ。
刺激的な話題が少ないアカデミーでの生活において、進行中の色恋沙汰というのは何より新鮮で楽しいトピックなのだから。
「せっかくこんなに近くにいるのにさぁ、何もしないなんてアスランてば相当ヘタレだね」
近くに好きな子がいたら黙ってなんていないのに、とラスティは言うがアスランにしてみればそれどころじゃなかった。
近くにはいる。
ものすごく近くに。
だけど近くすぎてどうにも動けないってやつだ。
何しろ相手はイザークなのだ。
誰がどうしたって一筋縄じゃいかないというのが周囲の見方であり、アスラン自身もそう思っていた。
頼みの綱のディアッカのアドバイスは役には立たないことが判明し、あろうことか恋の相手がイザークであるとばれてしまった。同室者で幼馴染、しかもアカデミーの中で一二を競う狡猾な少年に。
「別に・・・」
ヘタレって言われたって構わないと思う。
もともと誰かに何かを言われても気にしないというのはアスランの性格だったし、ラクスとのことが公表されてからは余計に何も気にならなくなった。だからイザークのことで何を言われても自分は関係ないと思う・・・・・・たぶん。
「キスくらいはしておきたいよね」
ラスティが勝手なことを言い、さすがのアスランも目を見開いた。
「き、キスって・・・!」
かぁぁぁぁっと真っ赤な顔をしたアスランをみてニコルが小さくため息をつく。
「だから分り易いっていうんですよ。どうにかしてください、その顔」
だいたい、キスなんて挨拶みたいなものじゃないですか。他人事だからなのかアスランがヘタレだと分ったからなのか最近のニコルの態度はいつもそっけない。
「だって好きなんでしょ?」
無邪気に問われてアスランは下を向く。
あんなののどこがいいのかなぁ、とラスティは容赦なく言い、ニコルは「蓼食う虫」もいますからね、とフォローになってないフォローをする。
「そ、そりゃ好きだけど・・・」
一度自覚してしまったら、自分はどんなにイザークに惹かれているのかというのを思い知らされるばかりだった。
気がついたらイザークを視線で追ってるし、ディアッカと二人で何やら楽しそうに笑っていると羨ましいと思ってしまう。
そして何よりイザークを話ができたら嬉しくて、油断すると頬が緩んでしまうくらいに幸せだなって思うのだから。たとえその会話がアスランを罵る内容であっても。
「でもいいんだ」
「え、何が?」
ぼそりと呟いた言葉にラスティがラッキョウを口に運びながら聞き返した。
なんかもういいかなーって思っていた。
ディアッカのアドバイスでどうにかしようとしたけれど、ぎこちなくなっただけで成果なんてなにもなかった。
そして思ったのだ。
何かを期待してどうにかしようとするよりも現状維持に徹する方が幸せなんじゃないか、って。ディアッカだって現状維持に努めることだって言ってたし。
「あ、イザーク」
ニコルがすばやく食堂の入り口に立っている二人組に気がついた。
自然と三人の視線はそちらへ向かう。
相変わらずディアッカと二人で並んでいるイザークは激しく人目を引く。
外見だけでも十分に目立つのに彼の言動はそのギャップがなくても激しすぎるほどだったから、今じゃ彼のことを知らない人間なんてアカデミーには誰もいない。そして彼の持つオーラはどこにいても彼の存在を周囲の人間に知らしめるのだ。
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