「あ、危ない!アスラン・・・」
ニコルの声に反応したアスランは、けれど間に合わなかった。
ガッシャーン!
テーブルの角にぶつかって手にしていたトレイを思い切りひっくり返し、被害にあったのはラスティだった。
オレンジの髪のところどころがパスタソースのクリームに染まっている。
「何すんだよっ!アスラン!!」
べっとりと張り付いた髪に声を荒げる同級生にアスランは適当に謝罪する。
「あ、すまない・・・」
それはどう考えても上の空で発せられているのは明らかで、言われた本人はそれ以上の追及をあきらめる。
「なんだよ、アスラン、変だぜ」
床に落ちた食器を手伝って拾いながら、ラスティは被害も忘れて気遣った。
「そうですよ、どうしたんですか、最近」
アスランの腰巾着と一部で言われているニコルもその意見に同意する。
今だってどこか余所見をしていたのか、テーブルの角に向かって思い切り直進してるアスランに注意を促したのだが、普段なら寸前でかわすところを思い切り激突していたのだ。つまりそれは注意力の著しい低下がある、ということなのだが、それがアスランらしくなく心配になる。いや、それでも本人は被害を免れているあたりはやっぱりアスラン・ザラなのかもしれない。
「いや、別に・・・」
しどろもどろになりながら、空になった食器を手にしてアスランは配膳カウンターに戻っていく。ハンドタオルで髪の毛を拭きながら椅子に座ったラスティは向かいのニコルを覗き込んだ。
「どう思う? ニコル」
「普通じゃないですよね」
もしかしたらこれくらいは普通なのかもしれないが、アスラン・ザラという人間には隙がない完璧な人間、というのがデフォルトに求められる値であって、そうじゃない姿を見せられるとどうにも心配になるんのだ。本人にとっては気の毒な限りだけれど、今までの実績がいやでもそう思わせるのだから仕方がない。
「なんかあったのかなぁ」
「さぁ、でもおかしいのは確かですよ」
断言したニコルにラスティも頷く。
アスランはおかしい。
それは彼を少しよく知る人なら誰でも認めるくらいに明らかな変化だった。
「ラクスと何かあったのかな」
ラクス・クラインはアスラン・ザラの婚約者。これはアカデミーだけでなく、プラント中が知る事実だった。先週末にラクスのコンサートに出かけていったことを思い出してラスティは言ったのだが、腰巾着のニコルはそれ以上に鋭かった。
「アスランがおかしいのはそれよりも前からですよ。先週の爆薬処理の授業で僕は危うく死にかけましたから」
水にふれると水素ガスを発生させる化合物入りのフラスコを薬剤で中和しないといけないのに、ボーっとしたアスランはいきなり水道の蛇口下にもってきたのだ。すぐ近くでは火を使った実験も行われていて、ガスが発生したら即大爆発てな状況だった。それは普段ならありえないミスで、ニコルは慌ててアスランの手からフラスコを奪い取ったわけだ。
「だったらなおさら謎じゃん。すっげー気になる」
ラスティの言葉にニコルも頷く。
「ですよね、このまま行くとアスランが何かやらかしそうですよ」
イザークがやらかすのはいつものことで驚かないが、アスランが何かするということになればそれは一大事だった。まだクリームソースがついたままの頭でラスティは不似合いなほど真剣な顔で腕を組んで考え込んでいる。
「なんか、面白そうな予感しちゃったりする?」
「・・・するかもしれないですね」
ニヤリ、と笑ったラスティにニコルも楽しそうに目線を合わせて頷いた。その手はがっちりと「同士!」とでも言い出しそうなほどに握り合っている。
・・・アスラン観察部隊の結成された瞬間だった。
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