「イザーク・・・」
名残惜しさにきりがないと悟ってアスランは名を呼びながら腕を解放して、床に置いたスーツケースを持ち上げる。
自分を睨むイザークの瞳が、赤く滲んでいることには気づかない振りをして。
「元気で」
告げて手を差し出すとイザークが迷った末に手を握る。
力の限り握り締めた手の痛さにアスランは苦笑した。確か地球のどこかでも同じようなシーンがあったような気がする。あの時は互いに生きて再会できるかもわからなかった。けれど、今は確かに生きているのだ。
「生きていれば・・・会えるよ・・・」
「貴様が言うな」
イザークが言ったのを合図にアスランは玄関に向けて歩き出す。
「見送らないからな」
不意にその背中に向けてイザークは言った。
「わかってる」
振り向かずに返ってくる答えは顔を見なくても苦笑しているのが伝わる。
「メールなんて書かないぞ」
更に数歩遠ざかったアスランに声が届く。
「知ってるよ」
明らかに笑っている声で、それでも背中は向けられたまま。
「アスラン・・・!」
呼び止めてしまう自分が嫌だった。未練タラタラな女みたいで情けなくて悔しかった。
でも、それでも。
名前を呼ばずにはいられなかった。
呼ぶと同時に駆け出していて、今度は振り向いた胸の中に抱きとめられた。
「バカ野郎っ・・・!」
「イザーク」
思い切り、殴りかかるように腕を上げたのに、それは紺色の髪の毛を抱き寄せる手にかわって、拳の代わりに唇が押し付けられた。
オレンジに染まる玄関フロアに長く伸びた影が重なる。
次にいつ会えるのかわからないけれど。
でも。
「落ち着いたら連絡するから」
アスランは抱きしめて言う。
連絡することくらいはできるのだ。
本気で会いたいと思ったら、自分でシャトルを操縦してでも飛んでくればいい。
生きてさえいれば、どんなことだってできるのだから。
「貴様の連絡など当てになるか」
言って睨んだイザークの瞳は日差しのオレンジとブルーが混じって、見たこともないくらいに綺麗だった。
再び歩き出したアスランは二度と振り返らない。だからイザークも名前を呼ばなかった。
その背中は彼の決意の証だった。
アスランの決意も自分の決意も決して譲れないものだと分っていたから。
今は互いに自分の信じた道を進むことが大切だと思えるようにはなったから。
ゆっくりとエレカが走り出す音が遠くから聞こえてきた。
「腰抜けが・・・。絶対に俺から連絡はしないからな」
腫れた目をゴシゴシと擦りながら、イザークの声が低く響く。
小さなイザークの決意は誰にも聞かれることもなく、無人のロビーに差し込む日差しにまったりと溶け込んでいった。
fin.
06/02/22
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