ドリンクサーバーに向いたアスランは、数種類の飲み物の中からコーヒーを選んでボタンを押した。
ガモフのラウンジ。
クルーゼ隊のMSは今のところすべてこちらに帰投していた。着替えを終えてここへやってきたのはどうやらアスランが一番だったようで、他にまだ誰も来ていなかった。
オプションの砂糖もミルクもボタンを押すことなく、漆黒の液体がカップに注がれる様を何とはなしにぼーっと見ている。
ソファに座るでもなく、そのまま窓の外を眺めながら口をつけようとしたそのときに、ラウンジに人影が現れた。まっすぐな髪がまだ、ほんのすこしだけ濡れている。
「イザーク・・・」
自分の次にやってきた同僚にアスランは声をかけた。
それには応えずにイザークは同じドリンクサーバーのボタンを押すと琥珀色の液体を口にする。
「コーヒーか、貴様は」
黒い液体から漂う強い香りに眉を顰めながらイザークは問うた。
「あぁ。イザークは紅茶だろう」
いつも決まってイザークは紅茶を飲んでいる。機械の淹れたものなどまずくて飲めるか、と言いながらそれ以外を飲もうとしないのをアスランは知っている。
「まずくはないよ。人が淹れたものには比較にならないけどね。飲んでみるかい?」
カップを差し出されたイザークは更に険しく顔をしかめる。
「いらん」
そっけなくイザークが言うのにアスランは不思議そうな顔をした。
「イザークはコーヒーが嫌いなのか?」
あまりの顔にアスランが言うと、イザークは忌々しそうにその液体を睨みつけた。
「イザークはコーヒー牛乳しか飲めないんだぜ」
そこへ続いてやってきたディアッカが声をかける。キッと人を殺傷できそうな勢いでイザークはそちらを睨みつけた。
「コーヒー牛乳・・・?」
ものすごく懐かしい響きにアスランが繰り返すと、鶯色の髪をした少年がにっこりと笑う。
「甘くて全然苦くないお子様ドリンクですね。コーヒーっていうのは名前ばっかりで・・・」
その言われようにイザークは拳を握り締める代わりに紅茶を一気に飲み干した。
「あ、オレも好きだぜ、コーヒー牛乳」
ラスティはドリンクサーバーではなく、自動販売機のパックドリンクでイチゴオレのボタンを押しながらイザークを不毛に援護した。
「また何で・・・」
イザークとコーヒー牛乳という取り合わせの意外さにアスランが素朴な疑問を口にするとディアッカが楽しそうな顔をする。
「こいつの家って昔からいろいろ厳しかったんだけどさ」
小さい頃から行き来があったというディアッカはイザークの小さい頃にも詳しい。
「黙れ、ディアッカ、余計なことを言うなっ」
暴れそうになるイザークをニコルとラスティがこの上なく息の合ったコンビネーションで背後から押さえ込む。一人だと押さえの利かないイザークでも二人がかりなら抑えられるというわけだ。
「エザリアさんがコーヒーのカフェインは子供にはよくないからっていうんで、コーヒーは毒だって教えてたんだよ。そしたらコイツ・・・」
昔を思い出したのか笑いながらディアッカは話し続ける。それにイザークは顔を真っ赤にしながら猛烈に抗議した。
「ディアッカっ、貴様っ!!」
「コーヒーが苦いのは毒が入ってるからだ、って信じちゃって・・・。それがトラウマみたいになってコーヒーの苦いのがダメでさぁ・・・、でもコーヒーを飲んでかっこつけたいもんだから、コーヒー牛乳で我慢してたんだよ、カフェオレのフリして」
意外な理由にアスランは真っ赤な顔をしているイザークを見た。
「何なんだ、アスラン、その目はっ・・・・!!!!」
がぁぁぁっ、と噛み付きそうなイザークに向かって、ニコルが背後から追い討ちをかける。
「誰だって苦手なものはありますよ、イザーク。コーヒーが飲めないなんて大したことじゃありません。でも、たっぷり砂糖とミルクを入れてもダメなんですか? コーヒー牛乳みたいですけどね」
「あぁ、ダメダメ。そこまでしちゃうとコーヒーのおいしさなんてまるでなしだろ。一度飲んだらコーヒーはまずいってますます嫌いになっちまってさ」
一応試したことはあるのだ、とディアッカは過去を明かす。
舌の肥えているイザークは本来のコーヒーとは程遠い飲み物をおいしくない、と一刀両断にしたのだというがそれは間違っていないとアスランも思う。ブラック派のアスランに言わせれば、ミルクはともかく砂糖を入れるくらいなら飲まなければいい、というくらいあの苦さがコーヒーには欠かせないのだから。
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