「とっとと部屋に入れ」

　促されてアスランは部屋に入るとベッドの上に座った。

「ところでイザーク」

　キッチンで支度をしているイザークにアスランは声をかける。カップを暖めて時間を計っているイザークは邪魔そうに顔を上げて客人を見た。その手つきはいつも大雑把で、それでどうしてあんなに上手い紅茶が淹れられるのかアスランには不思議だった。

「きみはチョコレートくれないの？」
「はあぁっ？！」

　ティーポットから湯気の立つ紅茶を注いでいるイザークは思い切りこぼしそうになった。
　それを未遂で済ませたのはコーディネーターの優秀な反射神経の賜物だろう。

「何を寝ぼけたことを言っている？！」

　ようやく二人分の紅茶を淹れ終えてイザークは改めてアスランを向く。

「貴様もチョコなど腐るほどもらってただろうが」

　うっとりと、その香りを楽しんでから琥珀色の飲み物を口にしてアスランは「うまい」と頷く。

「欲しい人からもらえなければ意味なんてないだろう」

　向かいのベッドに座って胡散臭そうに自分を見ているイザークに向けてさっきの続きとばかりにアスランは言った。上品に笑うアスランはたしかに女に人気のありそうな顔だ。

「貴様がそんなに俗っぽいことに興味があるとは思わなかったぞ」

　負けずにきれいな顔をしてイザークはふん、と鼻で笑い飛ばした。

「興味があったわけじゃないけど、こんな騒ぎになったらさすがに興味も沸くよ」

　アスランが言うとおりアカデミーは朝から大騒ぎだった。男子はそわそわと落ち着きがなく、女子はいつ渡そうかとタイミングをうかがって、今日ばかりは軍も戦争も忘れ去られていた。その中で興味のない顔をしていたのは、アスランとイザークとニコルくらいだ。ディアッカとラスティはそれなりに自分が何個もらえるのかと楽しみにしていたし、ミゲルに至っては「余ってたら回収するぜ」と朝っぱらから男女構わず申し出ていた。ニコルも僕には関係ないですよと言いながら、しっかりと５個ほどもらっていたのをアスランは知っている。

「残念だがな、俺はそんなものには興味がない。甘いものも好きではないから縁のない話だ。だいたいどうして俺が貴様にやるなんて話になる？」

　そっけなく言うイザークにアスランは「ふぅん」と応えると、立ち上がって手にしていたソーサーをベッドに並んでいるデスクに置いた。そしてそのままイザークの隣に並んで腰掛けるとその手にあるカップを取り上げて同じように片付ける。

「アスラン？」

　飲み残したままの紅茶を取り上げられてイザークは不審そうにブルーの瞳で睨みつける。

「用意がなくても構わないよ、俺は」

　イザークの手を取りそれを口元へそっと運ぶと白い指先を口に含んでちらり、と翡翠の瞳で意味深に見上げた。

「イザークの指は真っ白で、甘い･･･」

　ねっとりと舌先で指を舐めると掴まれた手がびくっと揺れる。

「貴様･･･っ」
「ホワイトチョコレートってこんな味かな」

　そんなことを言いながらアスランは動揺するイザークの顎を抑えると指先から唇に対象を変えて、味わうように口付けた。

「･･･っ」

　声のない抵抗にアスランは目だけで楽しそうに笑うとイザークの両手を取って自分のものに重ねる。そしてそのままベッドに押し倒してその上に覆いかぶさるとアスランの口に痛みが走った。

「つっ･･･」

　起き上がって口を拭えば、手の甲には赤いシミが、口の中には鉄の味が広がる。

「貴様は甘いものが苦手だからな、甘くなくしてやった」

　イザークはふんっと笑い、ベッドの上に体を起こした。

「それは･･･どうも」

　切れた唇の端を抑えながらアスランは油断しているイザークの手を掬い取り、もう一度体をマットレスの上に押し倒す。

「なら、きみにも分けてあげるよ」

　そういってアスランはイザークの唇を強引に塞ぐ。
　アスランの血の味に顔をしかめたイザークは、けれど、目を瞑ってそれを受け入れる。
　物なんかなじゃく直接的な血の契り。
　甘くないキスこそ、自分たちにはふさわしい･･･とイザークはアスランの背中に手を回し、口元だけで薄く笑った。






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