真紅を纏う銀


 予想をしていたことではあった。
 むしろ当然のことだった、彼が赤を着ることになるということは。
 アカデミーの卒業時の成績で上位10名までが着ることを許されるエリートのための色。
 彼も俺も、周囲の誰もがそれを疑ってはいなかった。
 果たして。
 俺が主席、彼が次席という、彼に言わせれば不本意なかたちではあったが、共に赤を纏うことになった。
 ただ、成績と配属は必ずしも関係しない。
 配属先が違えば、もう顔をあわせることもないだろうと思っていたから、彼がZAFTの赤服を着た姿を目にすることもないのだろうと惜しい気持ちになりかけていたところ、同じ配属先だと知った。
 
 そして―――。
 
「何をマヌケ面している?!」
 一日早くニコルと共に入隊手続きを終えていた俺の前に彼は現れた。
 その隣には見慣れた金髪をつれて。
「あ、いや・・・」
 この隊の先輩であるミゲルに今日やってくる入隊者の案内を指示された俺は、迎えに出たエントランスでその姿に思い切り見入ってしまった。
「相変わらず緊張感のない奴だな」
 卒業の日から10日。それだけしか経っていないというのに懐かしいような気持ちになると同時に、目に飛び込んできた「赤」に目を奪われた。
 苛烈な彼の性格そのものを染め抜いたような真紅の軍服。
 それは白い肌の彼には似合いすぎていて、その姿は艶やかで激しく美しかった。
「なんで貴様が出迎えなんだ」
 荷物を手に不満そうに言うと、俺に構わず通路を進んでいく。
「昨日、俺とニコルに入隊の説明をしたから同じことを二度もするのは面倒だそうだ」
 数ヶ月先に卒業した先輩が快活に笑いながら朝一番にそう言ってきたのを思い出しながら俺は説明した。そのニコルはディアッカと並んで数メートル後から歩いている。
「あいつらしい話だ」
 その口調は辛辣で彼に対してはアカデミー時代から先輩という意識がないのは配属になってもかわらないらしい。
「今日は部屋に荷物を置いたら支給品の確認をして、そのあとは自主訓練をしておくように、って」
 指示された内容をそのままに伝えると、銀色の髪を揺らしながらドカドカと歩いていた彼は不満そうな顔をする。
「訓練? 俺は隊長に着任の挨拶をしたいんだ」
「隊長は今日は本部に行ってるから、挨拶は明日以降だな。俺とニコルは昨日済ませたけど」
 一日早くやってきた利点をさりげなく告げると、きれいな彼の顔が悔しそうにゆがむ。
「だから早くしろとディアッカのやつに言ったのに」
 きっと俺に負けたと思っているその顔はアカデミーの授業で得点が追いつかなかったときと同じだった。
「で、部屋はどこだ?」
 勝手に先を歩いていたくせに、案内をしっかりしろとばかりに振り向いて彼は言う。その不機嫌な顔に向かって俺はとっておきの事実を告げた。
「その奥の部屋。ちなみに俺と同室だよ」
「なにっ」
 驚いた彼の顔。
 そんな顔が見られただけでも充分かなと思ってしまった。
「冗談じゃないっ、何で貴様なんかと同じ部屋なんだ? 誰が部屋割りを決めた?!」
 ふつふつと顔を赤くして怒る彼は、それでも着ている赤がよく似合う、と俺はそんなことを考える。
「ミゲルだよ。ニコルが卒業試験まで俺ときみが得点を争って僅差だったと告げたら、楽しそうに『決まりだ』と言って・・・」
 それを聞くときれいな顔が見る見る怒りに染まっていく。
「と言っても、クルーゼ隊は数日後には作戦で出航するからその間だけだよ。戦艦の部屋割りは自分たちで決めるみたいだし」
 肩をすくめて言うと、渋々という顔をして部屋の中に彼は入っていく。
 ベッドの上に乱暴に荷物を放り投げると、デスクの上においてある支給品の箱を開けてリストと照らし合わせながら中身を確認し始めた。
「あのさ」
 右側のベッドに座って俺が声をかけると、めんどくさそうに声だけで返事が返ってくる。
「何だ?」
「似合うね、赤」
 背中に向けて告げるとその動きがとまり、彼はゆっくりと振り向いた。
「ふん、当たり前だ、俺のための色だからな」
 当然という笑顔は自信に満ちていて、彼らしかった。
 瞳の青も唇の桜色も、白磁のような頬の色さえ、真紅の軍服を着るためにあるようで。
 ゆっくりとベッドを立って彼に近寄ると、青い瞳に翳が宿る。
「貴様は馬子にも衣装か」
 上から下まで一瞥してそう告げる彼は、どこか楽しそうに見えた。
「褒め言葉だと思っておくよ」
 俺の反応に物足りなさそうな顔をしながら、それでも伸ばされた腕を払いのけるでもない。
「イザーク」
 名前を呼ぶと彼はそっと目蓋を閉じる。
 掠めるような口付けは、赤い服を着た彼とするはじめてのキス。
 抱きしめてする口付けは、赤い服を着た俺とする二度目のキス。
「・・・下手くそが」
 間近で睨む瞳はやっぱり何故か楽しそうで、俺は苦笑しながら三度目のキスを押し付けた。






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