「じゃぁ、お祝いに紅茶でも淹れようか」
上着をダイニングのイスの背もたれにかけて俺がいうと、イザークはまんざらでもない顔をする。
「いい加減に旨い紅茶が飲みたいもんだな」
「わかってるよ。これでもだいぶマシになっただろう」
応えて苦笑しながら俺はお湯を沸かし、茶葉を準備する。
同居にあたって彼が唯一俺に要求したのは、旨い紅茶を淹れられるようになれ、ということで。しぶしぶ直接手ほどきを受け、さんざん特訓されたのだが呆れられるばかりだった。
「貴様はどうして無器用なんだ。あんなに細かい機械部品を組み立ててるくせに!」
「あぁ、違う!カップを暖めるお湯と茶を入れるお湯は別だ! それじゃ茶葉が煮立つ!!」
イザークは意外に器用で、料理人のいる家にいたのは俺と変わらないのに、簡単な料理なら自分で作ってしまうのにも驚いた。
同居を始めて、彼の知らない面をいろいろと発見するのがどこか楽しい。
無邪気に、仕草やら表情やらとくるくると変えるイザークを独り占めできるのも悪くはなかった。
「はい、お待たせ」
リビングのソファで本を読んでいるイザークの前に、ソーサーごと琥珀色の液体をサーブする。
それを手に取り、香りを確かめるイザークの所作は見事に優雅だった。何気ないコットン素材のシャツにパンツスタイルでも否応なく育ちのよさを感じさせる。
「ふん、少しは学習したようだな」
一口飲み干したイザークはそう言って、口の端を上げて笑った。
「それはよかった」
応えて俺は向かいに座って自分の入れたセイロンの紅茶を口にする。
確かに味は随分とよくなった。イザークの淹れたものに比べたらまだまだなんだろうけど。
その味はそれなりに満足だったし、何より自分の目の前でイザークが楽しそうに笑っていることが嬉しくて。
「何をにやけている?」
イザークに指摘されても、俺の笑い顔は止まりそうになかった。
「いや、幸せだな、と思って」
今度イザークに聞いてみようかな。どうして俺と同居しようと思ったのかってことを。
fin.
06/2/28
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