ピピピピピピ・・・ッ。
無機質な電子音が車内に響いた。
さっきからもう3度目の呼び出しだというのに、持ち主はそれに見向きもしようとしない。
「おい、モバイルフォン・・・」
「いいんだ」
言うとアスランはスイッチを無理やりに切った。
電話の相手はわかっている、そうアスランは伏せた瞼の下で語る。
キラ・ヤマト。
オーブに住むアスランの幼馴染は、オーブ首長の護衛としてプラントにやってきたアスランに何度となく電話をかけて寄越す。最初こそ電話に出ていたアスランは3日目ともなると呼び出しを無視していた。そしてついに電源を切ったのだ。
湖を臨む橋の上で停車した車内で、イザークとアスランは無言のままだった。
「首長の供はしなくていいのか?」
音のない空間の、その重さに耐えかねたようにイザークが言った。
「あぁ、お忍びで買い物だそうだ。俺はそういうときには役立たずだからな」
女の買い物に男が付き合うほど、不甲斐ない場面はないと笑いながらアスランは答える。
「イザーク・・・」
名前を呼ばれてイザークは目を伏せる。言いたいことはわかっていた。
「俺はプラントには戻れない。でも君と離れたくないんだ」
いままで何度もメールで繰り返された内容をアスランは目の前で口にする。メールならば、そのまま画面を閉じてしまうところだが、目の前に本人がいる状況でそれはできない。アスランはそれ以上言わないこともわかっていたから、イザークは顔をあげないままだった。
アスランはプラントには戻れない。それはイザークにもわかっていることだ。やむを得ない状況だったとはいえ、脱走とMS強奪の罪はごまかしようのない事実であり、政治状況が変わったとはいえ、軍規違反のその罪をなかったこととするにはあまりにもアスランは有名すぎた。
パトリック・ザラの息子。
プラントの歌姫、ラクス・クラインの婚約者でありプラントの希望の星。
ZAFTのトップエリートの存在は誰もが知るために、彼の行いはすべて公の行いに等しい重さを持っていた。
アスランがプラントに戻るのならば、軍事裁判にかけられるのは避けられない。そのためにアイリーン・カナーバ議長は特別のはからいで亡命を認めてくれた。それをアスランは受け入れて、彼はオーブの住人になった。
どうしてそれを責められる?
イザークは短くため息をつく。
その横顔をアスランは黙って見ていた。所在無く握ったステアリングの上で手のひらを滑らせながら。それを視界の隅に捕らえてイザークはこぶしを握り締める。
こんなに自分が優柔不断だとは思わなかった。
それもこれもアスランのせいだ。
すぐ横で見つめるグリーンの瞳にイザークは顔を背ける。
-1-