アスランは「来てくれ」とは絶対に言わない。

 それは自分とアスランの関係からすれば当然のことだ。自分たちはお互いにもたれかかる様な関係じゃない。自分が自分の意思で道を選ぶのだ。そしてそれを互いに認め合う。相手のことを信じているからこそ、成り立つ関係。それがあったから一時の離反を経ても自分たちは元に戻ることができたとイザークは信じている。

 けれど、今はそれが少し辛かった。
 アスランに一言「一緒に来てほしい」と言われたら、自分はZAFTを去ることもきっと辞さないだろう。未練がないわけじゃない。それでもアスランの一言はイザークの渇望するものだった。

 卑怯なのかもしれない、と思う。自分で決心がつかないからアスランの言葉を待っているということは。でも、何もかも捨てて地球に降りるにはそれくらい望んだって許されるハズだとも思う。生まれ育ったプラントを、家族を、母を、イザークが捨てるのなら、たった一言くらい待ってもそれはきっとわがままじゃないだろう、と。

「…アスラン」

 ようやくイザークは口を開いた。
 その声に翡翠の瞳がイザークを捉える。

 名を呼んだものの、何をいっていいのかイザークにはわからなかった。

 アスランの手が、伸びる。
 ステアリングから離れて、コットンのシャツを纏った着痩せして見える肩に、触れた。それを黙って見遣りながら、視線をさ迷わせるイザークはアスランのモバイルフォンに目を止める。
 電源の切られたそれは、アスランを想うもう一人の存在をイザークに嫌でも思い知らせた。
 戦争のさなか、敵として再会した友をアスランは選んだ。
 そして、今も。
 アスランはオーブで、キラ・ヤマトの近くで暮らしている。プラントではなくオーブで、自分ではなくキラとともに。

「貴様はズルイ…」

 告げられた言葉に驚いてアスランは目を見開く。

「イザーク? どうしてそんな…」
「いつも自分では選ばないだろうっ。周りに合わせて自分を押し殺して…!」

 堰を切った思いは止められなかった。

「どうして、言わない? 自分はこうしたいんだ、と望むことを、欲することを何故そんなにまで禁じるんだ?!」

 アスランはキラに対しても曖昧なままだというのは、頻繁に鳴らされるモバイルフォンが裏付けている。望むこともしない代わりに拒絶もしないのだろう。

 アスランはそういうやつだ。
 わかってはいるがイザークはそれが自分に対しても同じであることがひどく辛くて寂しかった。
 望めば手に入れることなど容易いのに、アスランはそうしない。たった一言、オーブへ呼んでくれたら、それだけで自分の気持ちは決まってしまうのに。決してその言葉を口にせず、イザークから言い出すのを待っているのだ。

 激しく言われてアスランは、言葉もなくイザークを見つめた。

「じゃあ、イザークは欲しいものはすべて欲しがって、いらないものは拒絶して、それだけで生きていけると思うのか?」

 思いのほか強く切り返された言葉にイザークは声を詰まらせた。

 違う、そんなことを言いたかったんじゃない。
 自分はただ、一緒にいたいと共に来て欲しいとアスランに言って欲しかったのに。

 ふいに自分の頬に触れた指に、イザークはびくっと身を震わせた。零れ落ちる涙をアスランが掬い取る。

「来て欲しいとは言えない。イザークが何もかも捨ててオーブにやってくるときに、それを後悔させない自信がまだ、俺には足りないんだ」

 すまなそうに見つめる透き通った瞳に、イザークの感情が穏やかに凪いでいく。

「でも、イザークとは離れたくない。…俺は欲張りなんだ」

 自嘲的なアスランの口調に、イザークは彼の言葉の真意を理解する。アスランにしては最大級の自分に素直な言葉なのだ、と。

「バカやろう…っ」

 短く言うと同時にイザークはアスランの首に腕を回し、抱きついた。
 その背中をアスランがゆるく抱きしめる。

「ごめん」

 震える肩をそのままに、抱きしめられているイザークにアスランは促すように囁く。

「イザークはどうしたい?」

 正直な気持ちを聞かせてほしいとアスランが言って、イザークは腕の中で小さく答えた。

「俺は、ZAFTでやり残したことがある…」

 それは二人の別離を意味する言葉だったが、アスランは黙ってうなずいた。

「そう…」

 それきり、二人に言葉はなかった。
 シートから落ちたアスランのモバイルフォンと、スイッチを切ったエレカのキーが床にある。
 二人だけの空間に、唇の触れる微かな音が落ちた。

 今だけは------。

 二人を邪魔するものは、時間も距離も、アスランを想う存在も。
 何も、なかった。




 
 

 

fin.



'06/6/29

To. とてつさん
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