「あぁきれいだ・・・」
見上げた空のキャンバスには次々と鮮やかな火薬の芸術が描かれていく。
「不思議だな」
ぽつりと呟いた言葉は意識したものなんかじゃなくて。イザークの、見とれたその横顔に引き出されたみたいなものだった。
「なにがだ?」
アスランの呟きを耳ざとく聞きつけてイザークが視線を空から隣の少年に移す。
「いや、その」
何がというわけじゃなく、なんとなくそう思ったからなのだがそれを上手く説明するにはイザークが相手というのはアスランには分が悪い。とことん白黒はっきりつけたがる少年に曖昧な説明は苛立ちを招くだけだろう。
「なんだ、相変わらずはっきりしないやつだな」
薄いグレーの浴衣を着ているイザークはトレードマークのオカッパの髪を何故だか後ろで一つにまとめている。尻尾のような髪の束と白い項がその辺の少女なんかよりずっと美しい。
「俺たちは宇宙に住んでいるのに、それでもまだ空を見上げたいんだな、って思って」
遠い、母なる地球。
そこに住む人たちは空に上がる大きな花をどんな思いで見上げていたのだろう。
「あぁ、昔は打ちあがった花火を上から見るのにあれこれ苦心したらしいからな」
「そうなのか」
「ディアッカが言ってたぞ」
昔なじみの言葉を引用するあたり、イザークは何も知らないのだと思い知らされる。
「そういえばラスティたちはどうしたんだ?」
「さぁ・・・。花火大会の醍醐味は屋台だとか言ってたけど」
色気より食い気、花より団子を地で行く少年とそれに楽しそうに付いて行く年少の同級生の姿はきっとあちこちの店先をにぎわしていることだろう。
「ちなみにディアッカは」
「ナンパだろ。あいつ、何故だか浴衣は人一倍似合うから独壇場だろうな」
ちなみに花火大会というイベントにあわせていつものメンバー全員分の浴衣を揃えたのはディアッカだ。着付けがままならないイザークとラスティを手伝ったのは言うまでもない。趣味が日本舞踊という容姿とは不釣合いな特技は意外なところで活躍を見せたわけだ。
「で、どうして俺たちがここに残ってるんだ」
いつの間にか消えた仲間たちの思惑をなんとなく感じ取っているのは自覚のあるアスランだけで、イザークには理由が思い当たらないばかりらしい。
「さぁ。俺は人ごみが苦手だし、イザークは屋台めぐりなんてしないだろう?」
ミーハーなんてバカにするに決まってるとばかりにアスランが言うとイザークは意外な顔をしてみせた。
「別に嫌いじゃないぞ、小さい頃はディアッカと夏祭りへよく行ったからな」
「へぇそうなんだ」
「あぁ、ヨーヨー釣りは負けた例がない」
得意そうに口の端に笑みを浮かべたイザークに心底驚きを隠さずにアスランは瞬きを繰り返す。
「なんだそのマヌケな顔は」
「いや、意外だったから」
イザークのイメージはどうしたってマザコンとお坊ちゃまという言葉に代表される育ちのよさばかりが先行するのだが、ときどき、こうして知る彼の意外な側面というのは本当に似つかわしくなくて、けれどもどんな子供だったのだろうかと思うと何故だかとても楽しい気持ちになるのだ。
「俺だって、普通のガキだったぞ。木登りだって釣りだって喧嘩だってしたし」
「あぁ、そして負けたことはないんだろう?」
言葉の先を攫ってアスランが笑うとイザークは一瞬目線を逸らす。
「高学年になってからはな。昔は喧嘩すると勝てたのは3割だ」
「え」
「箱入りだったから体が弱かったんだ。ディアッカと遊ぶようになってから丈夫になったんだ」
イザークの言葉にアスランは納得する。色白の美少年はきっと線も細くて温かい愛情の元に大切に育てられたのだろう。そしてディアッカという幼馴染の存在によって体力も性格もより丈夫に培われたに違いない。
なるほどね。だからディアッカは特別なわけだ。
悔しいような気もするが、それはあまりにも近すぎる存在だから今の不遇のポジションはきっとこの先変わることはないだろう。
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