片手で抱きしめた肩が震える。

「イザーク・・・」

 思い切り強く抱きしめたいのに、固定された腕がもどかしい。

「・・・貴様が・・・生きてて・・・・・・」

 嬉しいと言いたかったのか、よかったと言いたかったのか、ふざけるなと言いたかったのかわからない。涙で言葉の最後はかき消されたから。
 ディアッカがMIAだと聞かされた直後、ブルーの瞳に透明なヴェールがかかったように思えたら反射的に抱きしめていた。イザークの泣き顔なんて見たくなかった。

「ごめん・・・」
「なぜ謝るっ?!」

 睨んだ瞳は暗い潜水艇の中でもはっきりとわかるくらいに真っ赤ににじんでいる。

「君を泣かせたから」
「・・・・・・」

 不安そうに目の前で揺れる瞳に耐えられずに視線をそらす。俺がイザークを抱きしめていいんだろうか、とそれすら自信がなくなって。

「ニコルが死んだときに君を泣かせた。ディアッカが・・・帰ってこない今だって。だからきっと俺が帰ってこなかった間にも君はきっと泣いていただろうから・・・」

 答える声はなかったけれど、軍服を掴んでいた手にぎゅっと力がこもったのがわかった。イザークはやっぱりどんなときだって自分を偽ることなんてできやしないんだ。

「怪我なんてしやがって! 貴様はそれでも隊長か!? ザラ隊ってのは隊長が一番手がかかるのか?」

 言葉とは裏腹にうつむいた俺の頬にかかった髪をイザークがかきあげようとして、その腕を自然と捕まえていた。そのままギプスの腕で強く抱きしめる。
 今度は両手で、思い切り。

「貴様、腕が・・・!」
「そんなの構わないよ、君が泣くことに比べたら」

 イザークが息を呑むのがわかって俺は目を伏せた。

「よかった・・・イザーク、君を失わないで」
 
 もうキラはいない。
 幼なじみを討ったのは他ならないこの自分だった。
 だけど、だからこそ再び見つけた大切な人を失くしたくなんてなかった。

 強く、思い切り強く。
 生きている存在に、ただ触れていたくて。

 吊るされたままの腕で抱きしめていたから思わぬ痛みに息を呑む羽目になったけれど、それでも構わずに、大切なイザークを腕の中に閉じ込めたかったから。

「・・・バカが」

 腕の中のその人は短く言うとあきれたように顔を上げた。
 額同士をくっつけて覗き込む瞳は、どこまでも澄んでいるブルー。

「怪我人に無理をさせるほど、落ちぶれてやしない」

 言ってイザークが腕の中から逃げ出すと、代わりにその腕で固定された腕ごと俺を抱きしめてきた。

「イザーク」
「ふん、手のかかる隊長らしいからな」

 彼の肩に額を預けて、怪我をしていない腕でその背中を抱きしめる。

「君が大切だと・・・、君を失くしたくないと思ったんだ」

 幼なじみを殺めた絶望の中、何もかも放棄したい衝動にかられながら、ただ1つだけ欲したのはイザークを抱きしめることだった。肌を重ねただけじゃなく、確かにイザークの心に自分は救われていたんだと気がついたから、たまらなくイザークを愛したかった。

「イザークが好きだよ」

 ささやくように告げると頷くように肩に銀色の髪が揺れた。

「だから・・・俺のために泣かないでくれ」

 勝手な言い草だと思いながら言うと、そのとおりにイザークは切り返してくる。

「勝手に決め付けるな」

 力強く抱きしめながら、イザークの肩が僅かに震えているのがわかった。

「俺がイザークを好きでいてもいいのか?」
「いちいち許可が必要なもんじゃないだろう。それに」

 言って体を離すと、まっすぐに見つめてくるイザークの瞳がある。

「貴様がなんと言おうと、俺は勝手にするからな」

 片方だけ口角を上げて笑う顔は、自信満々で得意になっているイザーク・ジュールの姿だった。
 そう、俺が好きになったイザークの。

 そっと近づくと長い睫毛が伏せられて。
 触れる唇は淡い熱を伝える。

「俺は勝手に貴様を思ってるからな。泣くなというなら貴様がそんなことするな」

 照れたように早口で言うと、何かを言おうとする俺の口をイザークが強引にふさいでしまった。
 片手が使えない俺を封じ込めるように抱きしめて。

「アスラン・・・」

 ようやく呼ばれた名前は熱い吐息に溶けるように消えていく。

 好きだから、どうか君だけは泣かないで。
 言葉の代わりに今はただ口付けを。
 生き残った君と俺との二人だけのこの部屋で。




 
 









fin.




2006/05/08
アスイザ好きさんに28のお題
 NO.5 「泣かないで」