厳粛でありながらどこか晴れやかな気持ちで真新しい制服姿の少年少女が入校式の会場に整列している。
 校長の挨拶は、厳しくなる戦況を反映して新入生を叱咤激励する言葉で締めくくられた。

「このプラントの未来は、諸君らのその手にかかっている」と。

 イザークは身の引き締まる思いで、力強く敬礼をした。

「イザーク、あいつ、ほら」

 幼馴染のディアッカが隣に並んで教室への道を歩きながら、生徒たちの中にいる一人の少年を指差した。それを追ってたどり着いた先にいたのは闇色の髪の少年。
 その顔には見覚えがあった。

「ついてないな、あいつと同期入学なんて」

 血のバレンタインがあってからプラントの世論は一気に開戦止む無しという方向へ傾いた。それを受けて、プラントの正規軍隊であるZAFTへの入隊を希望する若者が急激に増えアカデミーの入学者はそれまでの倍近くになった。
 イザークも自分がプラントを守らなくては、と志願して入学した。母親が国防委員だというのももちろん大きな理由だったが、それよりも自分ならばZAFTの中で十分に力を生かすことができると思ったのだ。

「やっぱ、特別扱いかな」

 ディアッカの言葉にイザークは眉をしかめる。

「親の七光りで誤魔化せるほど軍のアカデミーが甘いわけないだろうが」

 普通の学校なら親の威光で子供の成績を操作することくらいいくらでもあるだろう。だがここは軍人の養成施設だ。いくら親の力が強かろうと、力のない者はいくらでも落とされる。能力もないのに部下を指揮する立場にでもなったら、無駄に犠牲を増やすだけだ。プラントの軍学校がそれほど腐っているとは思えない。派閥がはびこる古い組織ならともかく、ZAFTは必要に迫られて成立した実地優先の軍隊だ。それはありえないだろうと思ったし、実際にアカデミーの厳しさは徹底した実力主義で知られてもいた。
 いくら父親が国防委員長だろうと、本人にその能力がなければすぐにでも馬脚を露わすことになるだろう。
 そんなもんかね、と興味なさそうなディアッカとともにイザークはクラス編成が発表されている電子掲示板へと向かった。

 入学時の適性検査には学力試験も当然にあり、その結果と本人の希望が考慮されてコースが決定する。コースごとに成績を元にクラス編成がなされ、それが入学時に発表されるのだ。つまり、入学したその日から実力主義が始まるというわけだ。
 
 イザークはパイロットコースを希望していた。それ以外に考えられない。男たるもの最前線に立たなくてどうするのだ。自分の優秀な能力は直接に連合を殲滅することでこそ生かされると信じていた。自分の手でナチュラルどもに痛手を食らわせてやる、それがイザークの望みであり、ふさわしい道だと。そして自分は当然そのコースを主席で卒業し、栄光のザフトレッドとなることを自分へと課しているのだった。

「おいっ、イザーク」
 人垣を掻き分けて先に掲示板へ近づいたディアッカが大きな声で名を呼んだ。まだ互いの名前すら知らない中で、その声に人垣が開かれる。

「なんだ」

 その道を当然という顔をして通りながらイザークは目の前の掲示板を見上げた。
 当然自分が主席だろうという予測は強烈なダメージとともに裏切られる。
 Aクラスと書かれた名簿の先頭にあった名前はイザークのものではなかった。それをにわかに受け入れられずに立ち尽くすイザークの傍で、別の声があがる。

「アスラン、さすがですね、主席ですよ」

 少女のように高い声のした方を見れば、背の低い鶯色の髪の少年が一人の少年とその名前を見比べてまるで自分のことのように無邪気にはしゃいでいる。

 掲示板の主席にあった名前は「アスラン・ザラ」。
 
 現国防委員長の息子にして、プラントの歌姫ラクス・クラインの婚約者である少年の名はすでにプラント中に知られていた。それが掲示板のトップに名前があるのだから、誰もが驚きと憧れを抱いて少年を振り返っていた。
 ただ一人、それに馴染まないイザークだけを除いて。

「ニコル、声が大きいよ」

 その様子は誇らしさの欠片もなく、知名度にそぐわないほどの動揺ぶりだった。あれほど名も立場も知られている人間が、同期入学の少年たちに囲まれただけでまるで逃げるようにその場を去ろうとしている。

「貴様がアスラン・ザラか。噂とはずいぶん違う奴のようだな」

 不意にイザークは大きな声で言った。声をかけられた方は、突然のことに戸惑いながら声の主を振り返る。

 プラントに知られているアスラン・ザラはあのラクス・クラインの婚約者だというので、表に出ることは少ないがラクスに劣らぬカリスマ性を持っているとされていて、プラントの未来を象徴する二人としてマスコミに散々とりあげられていた。

「君は・・・」

 戸惑いながらもその少年は必死で記憶を探っているらしい。親が議員同士なのだ、どこかで会っていることもあるのかもしれなかった。もっともイザークはまるで覚えていないのだが。

「イザーク・ジュールだ」
「・・・よろしく」

 アスランが差し出した手のひらに見向きもせず、イザークは彼に向かって言った。

「どんなつもりで入学したのか知らないが、ここでは貴様とてただの一生徒だ。せいぜい親の名に恥じぬようにするんだな」

 七光りは通用しない、と揶揄するイザークにアスランはむっとした顔で向き直る。

「君も、エザリア・ジュールの息子なら立場は変わらないと思うけど」

 おっとりした印象とは異なり、鋭く切り返された言葉にイザークは満更でもなくアスラン・ザラを睨み返した。









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