二人を取り囲む人垣が興味津々で成り行きを見つめている。主席の少年と次席の少年が穏やかじゃない雰囲気で何やら話している。お互いの親は有名人だったし、政治的に取っている立場も近いはずなのに、仲良く手を握るという風ではない。

「ずいぶんな自信だな。だがこんな順位は一時的なものだ、すぐに俺が貴様を蹴落としてやる」

 イザークはアスラン・ザラという少年が気に入らなかった。
 今まで自分が生きてきた世界では常にトップにあるのが当たり前だったのだ。母親から自分は優秀なのだとずっと言い聞かせられて育ってきたし、実際に自分以上の人間にはあったことがなかったからそれが本当だと信じていた。
 アカデミーに入学してもそれは続くのだと信じて疑っていなかったイザークは、主席で入学し主席で卒業するつもりでいたのだ。それなのにアスラン・ザラのせいで主席入学という目論見は崩れ去ってしまった。ジュール家の跡取りとして、取り返しのつかない失態だ。
 そのくせ、その少年は名前ばかり有名なアスラン・ザラで、見たところ実物はパイロットコースの主席にはふさわしくない優男だったから、なおさらにそれがイザークの癪に障った。

「おい、イザーク・・・」

 ディアッカが腕を引いて制止するが、構わずにイザークはそれを振り払った。
 だがアスランは予想外にイザークの挑発に反応した。

「俺だって半端な気持ちで入学したわけじゃないんだ、一時的なものになるかどうかはわからないよ」

 アスランはアスランで覚悟を決めてアカデミーへ入学したのだ。
 ただの学生であっても注目をを集めていた自分が、アカデミーへ入学するというのがなおさらに耳目を集める立場になるというのは明らかだったが、それを押してでも血のバレンタインへの憤りを、母親を殺された悲しみを晴らしたかった。だから、それを親の七光りを利用して入学したかのように決め付けてきたイザーク・ジュールの言動は穏やかな性格のアスランにも許せなかったのだ。

「ふん、ただのお坊ちゃんというわけではなさそうだな。だがいつまでそんなことを言ってられるか、楽しみだな」
「それは・・・こっちの台詞だよ」

 キッと翡翠の瞳で睨んでくるアスラン・ザラにイザークは余裕綽々に振舞ってみせる。
 周りがざわざわと騒がしく野次を飛ばし始める。それに気づいて緑色の髪の少年がアスランを促した。

「行きましょう、アスラン」
「あぁ」
「貴様もパイロットコースか?」

 イザークが少年に声をかけた。

「えぇ、ニコル・アマルフィです、よろしく」

 だが差し出した手にイザークはやはり見向きもしない。それを見越していたようにニコルは軽く肩をすくめる。

「協調性も軍では必要な要素だと思いますよ、イザーク」

 ちくり、と蜂の一刺しよろしく言い残したニコルにイザークはカッとなって怒鳴りつける。

「生意気だぞ、貴様!」

 それをディアッカはあわてて止めに入る。

「おい、イザーク、もうよせよ」

 イザークに構わずアスランとニコルはその場を立ち去ろうとしていた。年下の少年二人に相手にされないことでイザークはなおさら怒りが増す。わなわなとこぶしを握り締めるのをみてディアッカはやれやれとため息をつく。掲示板を見上げれば、アスランもイザークも、ニコルと名乗った少年もそして自分も見事に同じクラスに所属することがはっきりと示されたいた。

 先行きが思いやられる、とばかりにイザークを見れば、無視されたことと主席を奪われたことの悔しさに顔を真っ赤にしている。付き合いが長いだけに彼が何を考えているのかディアッカには手に取るようにわかった。生まれながらの負けず嫌いがおそらく生まれて初めて人より下の立場に甘んじることになったのだ。そう簡単に立ち直れるとは思えない。しかも自信満々の宣戦布告は、正々堂々と受けいれられて相手からも同じように宣告されたのだから。

「おい・・・」
「やかましいっ!」

 イザークはイライラとその場を早足で立ち去る。その後姿からは頭の中にアスラン・ザラに負けてたまるか、という言葉が渦巻いているのが見て取れた。

「くっそうっ、アスラン・ザラ!」

 小さく名を呼んでイザークは改めて手のひらを握り締める。

 彼の名と藍色の髪は、こうしてイザークの中に深く刻み込まれることになった。
 拭い難い敗北の記憶とともに。














fin.




'06/07/01






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