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「一緒に暮らそう」

 突然ディアッカが言い出した。
 ジュール隊の隊長執務室。シホが帰ったすぐあとのことだった。
「ディアッカ、お前何言ってる・・・」

 戦争が終わってプラントには一応の平和が戻った。
 けれど仕事の忙しさは戦争中よりもずっと酷い。プラントの受けた人的ダメージは大きく、それはザフトも例外ではなかった。生き残った人間への負担が増すばかりだったのだ。それが高い地位にあるものならばなおさら、能力のある人間なら余計に、責任感が強ければ一層のこと。
 イザーク・ジュールはその典型の人間だった。

「疲れすぎて頭がおかしくなったか」
 軽くため息をつきながらイザークは言う。イザークの副官として働くディアッカの忙しさも半端じゃなかった。もともとが赤服であるディアッカは組織の中の身分と実際の仕事は量も質も一致しない。それは誰よりイザークが知っている。自分がするべき仕事を半分以上肩代わりしているのだから。だがそれは今さらだ。ディアッカの特別待遇は戦後だけの話じゃない。むしろ戦争中こそ搭乗するモビルスーツが上位クラスであったり指揮権を与えられたりして実力を十分に発揮できる場が用意されていたのだ。それが事後処理になったからといって急に一般兵士の扱いなんて出来るわけがなかった。与えられた分だけ働け、それは当然のことだ。ディアッカにはそれだけの能力も十分にあるのだから。
「違う、そんなんじゃない」
「じゃあなんでだ」

「――ずっと思ってたんだ」

「ずっと・・・?」
 忙しくキーボードを打っていた手を休めてイザークは副官を見上げた。
「あぁ、戦争が終わってから、ていうか戦争中からずっと思ってた」
 戦争が終わってからもう一年以上経つから、それより前からというのならもう二年近くということになる。
 ディアッカはじっとイザークの顔を見つめた。
「そんなことは知らなかったぞ」
「当たり前だよ、知られないようにしてたんだから」
 戦争中にそんなことを考えてたなんで思いもしないのは当たり前だった。あの頃は生き残れるかどうかすら誰にもわからない状況だったのだから、未来にどうしたいかなんて考える暇もなかった。とにかく一日一日を懸命に生きていた、ただそれだけの毎日だった。
「それに。そんなこと言ったら『腰抜け』って言われるのがオチでしょ」

 戦争以外のことに現を抜かしてるなんて、あの頃のイザークに言わせれば全てが腰抜け扱いだった。
 毎日のようにお互いの温もりを求め合っていたって、それは刹那的な恋愛でしかなくて、ずっと一緒にいるとか人生を共に歩むとか、そんな話とは結びつく余地なんてなかっただろう、イザークにしてみれば。

 だけど、ディアッカは違ったのだ。
 
「だからずっと黙ってたんだよ。イザークがそういうことを考えられるようになるまで待とうってね」
 それが今なのかと視線で問われてなぜかディアッカは小さく苦笑いをする。
「何で笑う?」
「だって戦争中と変わらないくらい忙しいじゃん」
「そんなに忙しくなんかないだろう、時間できっちり終わるんだし、何より人の命が失われない」
「それはそうだけどさ、精神的には今の方が落ち着かないっていうか」 

 戦争が終われば――ずっとディアッカは思ってきた。戦争が終われば時間的にも精神的にも余裕ができて、子供みたいな恋愛も少しは変わるだろうと。
 けれど現実はそんなに甘くなんてなかった。
 労働時間的には戦争中よりはずっとマシだったし、精神的な緊張なんて話にならないくらいラクだろう。
 けれど、焦燥感のようなものは戦争が終わってからの方が色濃く感じるようになっていた。忙しいながらも穏やかなそれなりに幸せな生活のはずなのに。 

「余計なこと考える時間ができたからかな」
 
 ぽつりとディアッカは言う。
 毎日必死だった分、物事をじっくり考えている暇なんてなかった。今思えばそれがよかったのかもしれない。
 時間ができて考えるようになったのは当然に「これから」のことだった。これから自分は何をするんだろうということ、何をしたいのかということ。
 仕事については望むと望まないとに関わらずやることは山積していた。だからそこに考える余地はない。
 だけど、プライベートとなれば話は違ってきた。

 地上勤務の時間が増えて、お互いに別の部屋に住んでいたから以前に比べれば距離ができた。とはいっても戦艦の隣り合った部屋や寮の同室と比べれば、の話だったけれど。
 ディアッカが毎日のように当然という顔をしてイザークの部屋に転がり込むからほとんど一緒に住んでいるみたなものでもお互いに表向きは一人暮らしをしていることになっていたし、出勤するときはわざわざ別の車で出かけてもいた。
 それは全てイザークが規律を重んじるからだ。
 公私の区別をきっちりとつけたがるイザークに付き合ってディアッカもそんなことをしていたけれど、本当はそんなまどろっこしいことなんてしたくなかった。正々堂々と一緒に出かけて一緒に帰る、そんな暮らしがしたくなった。
 自分たちは普通の恋人たちと変わらない、お互いがお互いを好きなだけなのだから。

「余計だと思うなら考えなければいいだろうが」
 ディアッカの言葉にイザークは冷たかった。隊長としての立場を重んじるから仕事とプライベートを比べたらどうしたって仕事を選ぶ。それがわかっているから今まで黙ってきたのだけれど、もう我慢も限界だ。
「考えないで済むならこんなこと言わないよ」

 毎日傍にいるのだ。
 すぐ手の届くところにいるし、朝まで一緒にいることだってできる。実質的な関係で言えば一緒に暮らしているようなものでそれ以上を望んだら贅沢なのかもしれないとも思う。
 でも、それでもどこかで物足りなく不安にさえ思ってしまうのは確かなものが欲しいと気がついてしまったからなのかもしれない。
 
「戦争でいろんなことを見てきただろう、オレたち」
 ディアッカの言葉にイザークも頷く。
 失くした命は数え切れないし、守るべき正義の危うさも知った。自分で選び取る未来への責任の重さにも気づかされた。
 そして、そんな経験を積み重ねても結局大事だと思うものは変わらなかった。
「だからだっていうのか?」
「あぁそうだよ」
 改めて考えてみてもイザークという存在の大切さは昔も今も戦争中もずっと同じで、それはこれからさきも変わらないという確信にかわった。
 そうしたら今までのままじゃなく確かなものが欲しいと思ったのだ。
 またいつ戦争にならないという保証もない。だとしたらこの平和な時間を少しでも傍にいて一緒に過ごしたい。世間に隠すような形じゃなくて、ちゃんと表向きにも自分たちの関係を明らかにして周りからも認められたい、と。
「思いつきなんかで言ってるんじゃないよ」
 イザークが何か言おうとするのを先回りしてディアッカは言った。
「そんなこと思ってない」
 ディアッカの真剣な横顔を見ていたらそんなことはいやでもわかる。
「それは・・・全てを打ち明けるってことか」
 親にも職場にも。おそらく気づいている人間は少なくはないだろうが、自分たちから打ち明けるとなれば、その意味は大きく違うだろう。
「そうだよ。イザークとのこと隠してなんていたくないんだ」
 やましいことなんて一つもなかった。
 自分が誰よりもイザークを大事だと思っていることも、傍にいたいと思う気持ちも。そしてイザークが自分をそう思っているということだってどこにでもいる恋人同士と何一つ変わることなんてない。

 そもそもプラントは同性愛について地球よりは寛容な雰囲気がある。それはコーディネートという人工授精の技術が男女の恋愛とは別のところにあるからだった。子供を作りたいなら結婚というシステムに乗って人工授精をすればいい―――逆に言えば恋愛をしている間は男女関係なく愛し合うことが許されるのだ。
 けれどイザークはジュールという家の名を背負っていた。地球から続く名門の家系においてはまだまだ跡取りという重責と結婚は切り離されはしない。母親がそれをイザークに望んでいることを知っているからこそディアッカとの間を公表せず幼馴染で上司と部下という関係だといい続けてきたのだ。
 まっすぐに自分を見つめる瞳にイザークは黙りこんだ。

「俺は、ずっとこのままでいいと思っている。このまま俺の傍にお前がいればそれで十分だからな」
 自分の隣にいるのはディアッカ以外にありえない、それはイザークだってずっと思っていることだった。けれどわざわざ公表してまで一緒に住むなんて必要は感じていない。今だって不自由なことなんて何もないのだから。
「それじゃあダメなんだよ」
 イザークの言葉にディアッカは小さく笑いながら言う。笑われたことにイザークは不機嫌に眉をしかめた。笑われる理由なんて見当たらない。
「なにがダメだっていうんだ」
「それじゃ今までと何も変わらないじゃん。そんなの意味がないんだ」
 自分が求めるものは、今までとは違う二人のカタチなのだから。
「意味?」
「オレとイザークが一緒にいることの意味、二人でずっと歩いていくってことの意味、それに・・・これはオレだけかもしれないけど孫の顔見せてあげられないけどごめんねっていう懺悔の気持ち・・・そういうことへの決意表明みたいなこと、かな」
 一度だってちゃんと言ったことなんてなかったけれど、お互いがずっと一緒にいるということはもう二人の中で決まっていることだった。
 けれど今改めて言われてイザークはそのことの意味に気がついた。
 ずっと一緒にいるならば、切り捨てなければいけないこともゼロではないのだ。それらのことに対して自分たちはどう責任を果たすべきなのか。
 瞳をあげると自分を覗き込むディアッカの顔があった。どこか不安そうに、だけれどそれ以上に確信めいた瞳の色だ。
「懺悔、か」
「別にイザークが子供を作るって言うならオレは構わないよ」
 その気になればどこかの女性にイザークの子供を産んでもらえば跡取りとしての責任は果たせるのだ。ディアッカ自身もエルスマンという家の跡継ぎではあるけれど、そんな方法を実行するつもりは毛頭なかった。別に女相手に反応しないわけじゃないし、作る気になれば簡単な話で、それを選べばやっかいな問題が片付くのはわかっているけど、イザークと一緒にいるならばたとえ女であっても抱く気はなかった。ずっと一緒にいるというならばそれがイザークに対する誠意だからだ。
「そんなことは考えたこともない・・・」 
 そしてそれはイザークも同じ考えだった。
 ディアッカと一緒にいると決めた以上、自分が結婚をすることはないと思っていた。結婚をすることがない以上子供を作るとか跡継ぎとしての義務を果たすことなんて無理だと思っていたのだ。他の女性に子供だけ産ませるなんて思いつきもしない話だった。
「じゃあどうするつもりだったわけ?」
 追求されてイザークには返す言葉がなかった。
「結局さ、忙しいのを理由にちゃんと考えてなかったってことなんじゃない?」
 厳しい指摘に何も言えない。いつかはきちんと考えなければいけない問題だという意識はあっても、差し迫った必要性がないから具体的にどうするかなんて思いつきもしなかった。
「現状に不自由がないから真剣に向き合わないなんて不誠実だよね」
 さすがのイザークもそこまで言われて黙ってはいられなかった。
「ディアッカ!」
 けれどそんなことで今さら動じるわけがない。
「オレは嫌なんだよ、馴れ合いみたいな状況を続けてるのは」
 それじゃいつまでたっても子供の恋愛と変わらない。義務や責任から無縁のところでいいとこ取りで楽しんでいるなんて大人のすることとはいえない。それにそんな状況に甘んじているには自分たちはもうとっくに大人になってしまったのだ。子供の遊びを続けていられる時間はいつまでも残されているわけじゃない。

 カタン!

 不意にイザークがパソコンのモニターを片付けると席を立った。

「イザーク?」
「帰る」

 軍服を翻した上司にディアッカは慌ててその腕を掴む。それに視線を上げて振り返るとイザークはただ睨み付けただけだ。

「別に今すぐ答えて欲しいわけじゃないよ」
「当たり前だ、こんな問題に即答なんてできるわけないだろう!」
 
 自分たちの一生に関わる問題なのだ。この場の勢いでなんて決められるわけなかった。
「送るよ」
「いらん、一人で帰る。お前も今日は自分の部屋に帰れ」

 今はゆっくり考える時間がほしかった。
 一人になって自分とディアッカとのこれからのことを。




 そういえばいつの間にディアッカといることが当然のことになったのだろう。
 シャワーを浴びてソファに深く身を沈めながらイザークはふと考えた。

 小さい頃からの幼馴染ではあったけれど、ディアッカと親友としての距離を越えたのはアカデミーに入ってからだ。
 戦争に赴くための兵士の養成機関という特殊な環境は人間関係にも影響を与えた。これから戦場に出て命の遣り取りをするのだということを身近に感じたとき、自分が死ぬかもしれないと思ったときに、人としての本能が働くのだろうか。それともただ単に心細さを紛らわしたかったのだろうか。 
 ディアッカが自分にそういう感情を抱いていると知っても驚かなかった。むしろ驚かなかった自分が不思議なくらいの気持ちだった。それはたぶんどこかで自分も同じ気持ちがあったからなのだろうと思う。自覚したことはなかったけれど、いつでも一番近くにいたのがディアッカだったから。
 最初は本気なんかじゃなかった。
 歳相応にはそういうことにも興味があったし、男ばっかりなアカデミーにいたら四六時中そんな話題が溢れていたから抵抗がまるでなかった。女とするならそれなりにリスクがあるけど、男同士なら本当に遊びだけで済む話だと思っていた。実際、恋愛感情なんて全然ないけどとりあえずヤッてるみたいなやつらもいくらでもいて、そんなもんだと思っていた。その相手がディアッカだったのは同じ部屋だというのもあったし、少なからず嫌いじゃないのだからそれは自然なことだと思ったのだ。断る理由がない、そんな軽い気持ちだったはずなのに。



『・・・銃を向けずに話をしよう、・・・イザーク』

 MIAだと思っていたディアッカが目の前に現われたときのことは忘れられない。

『オレは、おまえの敵になった覚えはねぇよ』
 


 たぶん、あのときだ。


 あのとき、自分の心の内にわいた感情をどう表現していいのかは今でもわからない。一番ふさわしいのは安堵の気持ちだろうと思う。行方不明とはいっても絶望視していた同僚が生きていたのだから。だけどそれだけじゃなかった。
 その証拠に自分の口をついて出た言葉はあとになっても信じられない。

『生きていてくれたのは嬉しい』

 敵となって現われた裏切り者に嬉しいなどとあの場で言うなんて冷静になってみればどうかしてたとしか思えない。けれど、冷静じゃなかったぶん正直な気持ちなのも本当だ。
 自分は嬉しかったのだ。
 ディアッカが生きていたことが。たとえその居場所がZAFTじゃなくなっても。それは同僚としてじゃなく、ディアッカという一人の少年を亡くしたくないという気持ちに他ならない。
 そしてそれが自分への呪縛になった。銃を構えていたのにトリガーを引くことはできなかった。丸腰の相手にむけて至近距離で構えた銃を撃てないなど、それまでの自分にはありえないことなのに。

 先に引き上げていったディアッカを見送りながらコクピットで自分の体が震えだすのをしばらく止められなかった。
 友に銃を向けた自分が恐ろしかった。撃たずに済んだことにほっとした。そしてディアッカを抱きしめたいと思った自分にどうしたらいいのかわからなかった。

 その姿を見て抱きしめたいと思うなんて初めてだったから―――。
 アカデミーではいつもその場の雰囲気に流されてどちらかというと自分は受身なだけだった。だから自分の中にそんな衝動があるなんて思いもしなくてそれだけに打ちのめされるような気持ちになった。
 ただの遊びだったはずなのに、心は関係ないはずなのに。


 気づかなければよかったと思った。
 自分の中にある気持ちに。
 ディアッカが大切だという感情に。


 目を伏せて再会した友の顔を思い出した。
 そういえば・・・。
 ストライクに傷を貰ったときのディアッカの反応は普通じゃなかった。あれはまるで家族や恋人を亡くすかのような取り乱しようで・・・。
 ―――あぁそうか。
 あのときはストライクへの憎しみで頭がいっぱいでまるで気がつかなかったけれど。あのときのディアッカを見ればわかったじゃないか。
 自分たちはとっくに遊びなんかじゃなくなっていた、と。
 

 そのまま直接に会うことはなく戦争が終わりを告げたとき、アークエンジェルで再会したディアッカの顔をみて思いは確信へと変わった。
 
 真っ直ぐに自分をみる視線に顔を背けることはなく正面から見つめ返した。そのときのディアッカの顔は忘れられない。
 嬉しそうにして笑いながら何事もなかったかのように言ったのだ。
「元気だった?」と。
 あぁ、こいつは自分の知らない世界を知ったのだな、と思いながらそれでもまだ変わらずに自分のことを選ぶに違いないと疑う余地などなかった。

 だからディアッカがプラントに戻ってくるときにその背負った罪と立場が扱いにくいとされるなら、と自分の部隊へ配属になるように手配をした。それを知ったディアッカは緑色の軍服に袖を通しながら屈託なく告げた。

「これでずっとイザークの傍にいられるな」



 それが全てだったと思う。
 
 お互いに傍にいることを強要したことなど一度もない。
 でもそれが当たり前だった。
 遊びだったはずの関係がいつしか精神的にも結びつきを生んでいたのかもしれない。何より傍にいることが自然で当たり前で・・・・・・。

 当たり前―――。

 イザークはアルコールの入ったグラスをテーブルへとゆっくりと置いた。

 当たり前だと思っていたのは自分の思い込みでしかなかったんじゃないか。
 思い当たった事実に愕然とする。
 ディアッカが自分の隣にいたのは当たり前なんかじゃない。それはアイツが隣にいることを望みそれを選んだからだ。
 そうでなければあのまま地球にいることだってできたのだから。極刑さえ考えられる立場だったのだからプラントに戻ってくるには命の覚悟さえ必要だったはずだ。屈託なく笑う笑顔の下にはそれだけの思いがあったに違いない。

 ディアッカがずっと俺の傍にいようとしてきたんだとしたら、自分は?

『愛は与えるものなんだってさ』

 いつだかベッドの中で冗談めかして交わした言葉を思い出した。 
 与えるもの―――。
 ディアッカはずっと自分の傍にいることで与えてくれていたんじゃないか。二人が一緒にいる時間を。
 なのに自分はそれを当たり前のこととしか思っていなかった。当たり前なんかじゃなかったというのに。

 思い立つと同時にイザークは立ち上がった。
 まるでコンディションレッドのアラームが鳴り響いてるかのような勢いで頭からシャツを被りジーンズに足を通す。廊下へ飛び出しながら上着を引っ掴んでエレカのキーを握り締めた。

 与えられる一方で自分は何もしていなかった。
 不誠実と言われたって当然だ。
 片方が甘えてるだけの関係は馴れ合いと言っても仕方がない。
 決してお互いが対等じゃない関係を望んでいるわけじゃない。ディアッカが言い出さなかったらもしかしたらこのままずっと気がつかないままだったかもしれない。それなのに今のままでいいだなどと自分は言ってしまった。そんなのあまりにも愚かすぎる。

 ディアッカ―――!

 勢いよく開け放った玄関ドアの向こう側の風景にイザークの中から言葉というものが一瞬消え去った。

 門のところ、単身者向けメゾネットの玄関からはほんの3メートルしかないその距離にディアッカが立っていた。門扉に寄りかかるようにして、けれど中に入ろうというわけでもなく。
 開かれたドアの前で夜の闇を映したブルーの瞳が見開かれる。
 その様子をみて副官は小さく笑った。
「コンバンハ」
「ディアッカ・・・」
 ヒラヒラと手を振るディアッカは一度家に戻ったらしく私服姿だった。
 いったいいつから待っていたというのだろうか。入ろうと思えばこの家のキーは持っているのに。そう思うイザークは自分が家に来るなと告げたことを思い出した。
「お前、なんでこんなところに」
「んー、自分でもバカだなぁとは思うんだけど。今すぐじゃないとか言っておきながらやっぱりおとなしく待ってるなんてできそうもなくてさ」
 かといって来るなといわれた手前チャイムを鳴らすこともできなかったということらしく、ポケットに手を突っ込んだ姿勢で肩をすくめて笑う。
「それよりイザークは?どこか出掛けるわけ?」
 握り締めていたエレカのキーを指しながら訊ねる。
「これは・・・」
 言いよどんでイザークは下を向くしかなかった。
 その姿を不思議そうに眺めながらディアッカは玄関のステップを上がろうともしない。自分が言った「返答を急がない」ということはあくまで守り通すということのようだ。
 だがそれはディアッカ側の思いでしかなかった。
「えっ」
 驚くディアッカを尻目にイザークは無言で強引にその腕を掴むと門を開いて内側に引き入れる。そしてそのまま転びそうになるディアッカごと玄関になだれ込んだ。
「イザーク!?」
 オートロックがかかる音がしてあっけにとられるディアッカは次に言葉を失った。
 自分の頬を押さえ込んだままイザークが唇を押し付けてきたのだ。まるであふれ出しそうな感情をそのまま押し付けるようなそぶりに、驚きながらも見開いた目をゆっくりと伏せながら宙に浮いた腕でイザークを抱きしめる。
 そして一方的な口付けはやがて甘いキスに変わった。








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