隊長の笑顔、というのがミハエルは気になっていた。
 配属されて3日になるが、まだそれを見ることはなかった。まだ日が浅いのだからとも思うが、この隊の中で誰もが言う隊長の魅力ある姿というのを自分だけが知らないというのは悔しい。気がつけば隊長を目で追うようになっていた。あの美貌にさすがというべきオーラもあってどんなところにいてもすぐに目に付いた。
そして必ずといっていいほど隊長の傍らにはあの副官姿があった。来週からは別の部隊に配属になるはずで本来ならミハエルは引継ぎをしなければいけないのだが、新人だからとまるで研修中の扱いしかされていなくて副官と一緒に仕事をすることすらなかった。それが余計にミハエルをいらだたせる。今までずっとエリートとして生きてきたミハエルにとって半人前扱いをされることは屈辱だった。それもこれもあの副官の存在があるからだと思うとミハエルはディアッカに対して敵意すら抱くようになっていた。
一方で隊長が自分のことを副官として認めないのは自分の力を知らないからだ、とミハエルは考えていた。シホや他の先輩たちについて訓練をしてはいても副官としての仕事は何もさせてもらえていない。ディアッカがどんな人間かよくは知らないが自分だって同じ土俵に立って仕事をすれば人に劣ることなんてないのだ。だからとにかく中途半端な研修生みたいな扱いはやめて早く副官としての本来の仕事をさせてくれるように隊長に頼もうと考えて仕事がひと段落着いたところで直談判に行こうとしていたのだった。

「あの、隊長はどちらにおられますか」
 隊長の執務室を尋ねたがそこにいたのは頼まれごとを片付けているシホだけだった。後輩の質問にシホは少し考えてからMSデッキを教えてやる。
「たぶんそこにいけばいらっしゃるはずよ。何か急用?」
 急ぎの用ならばここから通信を入れることもできる、とシホは壁にある通信機を目で指しながら聞いたがミハエルは首を振って否定した。
「いえ、直接にお話をしたいので・・・ありがとうございます」
 そしてミハエルはMSデッキに向かった。
 
 MSデッキにやってくるとミハエルはあたりを見回した。いくつもの機体が並ぶ中、隊長の姿は見当たらなかった。隊長の機体は一番奥にある。それを思い出したミハエルは自分の機体のチェックでもしているのだろうとそのハンガーを目指してさらに奥へと歩いていく。
 ジュール隊長の機体は青のパーソナルカラーに染められたスラッシュザク・ファントムだった。近接戦を得意とする隊長は本当は先頭を切って飛び出したい人なんだ、と先輩の誰かが言っていた。現在はプラントにいるジュール隊なので、MSの訓練もシミュレータを使ったものばかりだったから、まだ隊長がMSに乗るところを目にしてはいない。ヤキンの英雄といわれる隊長の戦いを一目でも見てみたいとミハエルは思うが、隊長がMSに乗るというのは普通に考えればよほど戦況がまずくなったときくらいだから、優秀なジュール隊がそんな危機に陥るなんてあまりなさそうで、その姿はなかなか見られそうにもなかった。
 ハンガーの向こうに青い機体が見えてそのコクピット付近のキャットウォークにたしかに隊長がいた。1階のフロアーを歩いていたミハエルは声をかけようと足を進めたが、隊長が誰かと話しているのに気づいて、なぜか反射的に物陰に身を潜めてしまった。
「・・・だろ? 今さらそんなこと言ってんなよ」
 隊長ではないもう一人の声がする。これは副長だ、とミハエルは聞き耳を立てながら気づいた。
「そんなこと言ってもな・・・」
 困ったような隊長の声がしてミハエルは柱の影から顔を出して隊長の表情を窺うと、隊長の隣にはやはり副長の姿があった。
「ばっかだなぁ、お前がそれでどーすんだよ」
 副官の言葉とは思えないセリフにミハエルはムッとしながら尚も二人の様子を見続ける。別に隠れる必要なんてないのだが、あの『トクベツな笑顔』というのが頭の中にあって二人の姿を見たときに自分も目撃できるかもしれないと思ってしまったのだ。
「・・・あぁ、わかった。・・・またお前に助けられたな」
 隊長が言いながら副官を見ると、副官は肩をすくめながら笑顔で隊長の髪の毛をぐしゃぐしゃとして言った。
「なーに言ってんの。それが副官のオシゴトでしょーが」
 そんなことを言われて、子供のように髪の毛を弄られたのに隊長は見たこともない笑顔だった。ミハエルはその隊長の姿に言いようもないくらいに驚いて、慌てて踵を返すようにしてその場から逃げ出すように走り出してしまった。
あの冷たそうな印象の隊長がまるで子供のように無邪気に笑っていた・・・。
ようやく人のいないところに来ると歩く速度を緩めてミハエルは思い返した。しかもその顔は造りが飛びぬけて整っているだけあって、遠くから見ていたミハエルにもはっきりとわかるくらいにキレイな笑顔だった。そしてキレイなだけじゃなく柔らかく笑う顔はたしかに気を許している人間にだけ向けられるものなのだろう、配属以来、歳が近いはずなのに近寄りがたく感じていた隊長が初めて歳相応に見えたのだ。
やっとわかった、とミハエルは思った。あれがトクベツの笑顔なのだ。
そしてミハエルは自分のなかの二つの気持ちに同時に気がついた。隊長にあんな表情をさせる副官という立場、それのもつ意味に。それだけじゃなく自分もあんな笑顔を隊長にさせてみたいと思ったことに。あれがトクベツだというのなら、自分もそれを手に入れてやる、とミハエルはひそかに誓う。エリートの自分の手に入らないものなんて今まで何もなかったのだ。首席の地位もジュール隊への配属もいつも自分の望んだままに叶えられてきた。だから、ジュール隊長の笑顔だって絶対に自分のものにしてみせる、そう強く思うのだった。






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