「なーるほどね・・・」
 自分のデスクで『仕事』をこなしていたディアッカはモニタ―を覗きながらそうつぶやいた。ミハエルについて調べていたのだが、思っていた以上のものがあるらしい。
「とはいえ・・・」
 言うと長い脚をあいている隣のイスの上に投げ出した。
「あんなイザーク見せられちゃうとたまんないよな・・・」
 さっきのイザークは取り乱すとまではいかなくても、明らかに冷静さを失っていた。隊長となってから落ち着きを身につけたイザークはいつでも自分の感情を抑えて行動しているから、あんな姿は滅多に見るものではない。その隊長っぷりはアカデミー時代には感情のままに行動していたイザークがこうまでなるのかと思うほどだったが、ディアッカが異動になると知ったとたんに見事に素のイザークになったのだ。
 いくら白い服を身にまとうようになって落ち着いて部下に指示を出すようになったとはいえ、中味は繊細で感じやすく、自分に素直なイザークなのだ。もはやそれを見せるのは二人だけのときだけだと思っていたのに、ディアッカが絡むとなると人前でも元に戻ってしまうとは。イザークの中で自分の占める割合がどれだけ大きいのかと知って嬉しくなると同時に心配になった。
 他人になんて任せられるわけないよなー・・・。
 きっとディアッカ以外が副官になってもイザークの仕事に支障はないだろう。事実、ディアッカがくるまえはシホが副官的な仕事をこなしていたが問題はなかったのだ。だが、イザークの精神的なことを考えるとよくないだろうということははっきりとわかった。今のイザークの仕事量はディアッカが来る以前に比べたら1.5倍近くなっていた。戦後のゴタゴタが過ぎて、いざZAFTの建て直しを図るとなったらイザークの名声と能力は貴重なものだとわかり、棒引きされた罪の分も働けとばかりに最年少の隊長には仕事が次々と舞い込んだ。呵責の念を抱えていたイザークはそれを断ることもなくこなしていったから、気がついてみたらどこの誰よりも他の隊長なんかよりもずっと多い仕事をすることになってしまっていた。それでもイザークの仕事に支障がでなかったのは、ディアッカが副官という立場上、そして一般士官という仕事の少なさを逆手にとってイザークの仕事を代わっていたからなのだ。しかしそれも新しい副官がつくということになったら難しくなるだろう。元来、人に頼ることをよしとしないイザークの性格は、部下を利用するということもあまりしようとしない。ディアッカだからあれこれ遠慮なく言いつけるが、別の人間が副官になったら仕事のほとんどを自分で抱え込むことになるだろうのは目に見えている。
 そして何より感情を押さえ込むイザークはいくら辛くても平気な顔をし続けるに違いない。ディアッカはそれが心配だった。弱さを見せられなくなったイザークは自分を傷つけても平気なふりをしてたった一人で孤独な立場に立ち続けるのだろう。
「そんなことになったら、オレが戻った意味ないし」
「副長・・・?」
 ディアッカのつぶやきに部屋に入ってきたシホが声をかけた。
「あぁ、シホちゃん。どうだった、ミハエルのやつは」
 慌ててシホのイスから足を下ろして汚れを払い落としながらディアッカは聞く。
「優秀なのはわかりますけど、まだ何とも・・・」
 一通り説明して歩いたが、シホの目から見たらこれと言って問題があるようには見えなかった。ジュール隊に配属になる新人なのだから優秀なのは当たり前だが、具体的に訓練をしたわけではないからまだ何ともいえない、シホの言い方はそういう曖昧さを含んでいた。
「あいつ、性格悪そう?」
 笑いながら冗談半分にディアッカは言う。
「さぁ。性格の悪さでディアッカ副長に敵う人がいるとは思えませんけど」
 しれっというとシホは自分の席についてPCの電源を入れた。
「っ随分だな、その言われよう・・・」
思わぬ反撃にディアッカが息を詰まらせるとくすりとシホは小さく笑った。
「性格の悪さと同じだけ、隊長と息の合う人もいませんけどね」
 悪戯っぽく言うシホの言葉にディアッカは自分を除いてもイザークの防波堤になりそうな人物がいてよかったと思い、「シホちゃんあげる」というと御礼とばかりに引き出しの中からどっかの女性オペレータがくれた高級チョコレートをシホに向けて投げて渡したのだった。


「お前が新人の副官候補だって?」
 食堂で一人昼食をとっていたミハエルに整備士の格好をした少年が話しかけてきた。
「候補・・・? 僕は候補じゃなく正式な辞令で配属になったんだ」
 自分と同年代らしい少年にミハエルはむっとしながら答える。パイロットとしてジュール隊に配属になったことを誇りに思っているミハエルは『候補』という言葉が気に入らなかった。
「でもさ、隊長も聞いてなかったって話じゃん。そんなのありなのかよ? だいたい、副長以外に副官なんて無理な話だと思うけどなー」
 その少年の言葉に別の整備士が頷きながら隣に座る。
「だよなー。あのシホだって今の副長に比べれば全然役者不足だったもんな」
 その言葉にミハエルは疑問に思っていたことを口にした。
「ハーネンフース先輩がもともとは副官だったのか? それになぜここの隊員は副官を『副長』なんて呼ぶんだ?」
 ミハエルの疑問にヤキンドゥーエのジュール隊時代から整備をしてきた少年は当たり前だとばかりに答える。
「先の大戦の終盤に臨時にジュール隊長が部隊を率いることになったとき、隊長の補佐をしてたのがシホさ。それ以来ずっと副官てわけじゃないのにそういう仕事をしてたんだけど。ジュール隊長の正式な副官ってのはディアッカ副長が初めてなはずだぜ」
 イザークのヤキンドゥーエでの活躍を知るミハエルは素直に頷く。だが副長という呼び名の疑問は解決されていない。
「で、副長ってのは、あの人がただの副官って器じゃないからさ」
 最初の少年が言うともう一人もだよなーと意味深に笑った。
「器・・・って、ただの一般士官だろ。それに僕が劣るっていうのか」
 赤服を着ている人間は総じてプライドが高い、というのはZAFTでは当たり前のことだ。ミハエルもそれに違わず、緑なんかを着ている人間と比べて副官は無理だといわれて面白いわけがなかった。
「あの人は特別だよ。緑着てるのだって降格処分になったからで、実力ならシホより全然上だし、隊長との付き合いが長いっていう話だからな。女房役ってよく言うよな、ほんと、あの二人は上手くいきすぎっていうかさ」
 パイロットやクルーたちに比べて直接に隊長や副官と話をする機会が多いとはいえない整備士の彼らだったが、戦況によっては帰投したMSの整備をすぐに始めなければいけない状況もあってそんなときは並んだMSの前の二人を目撃することもあった。
 感情が昂っていらだつ隊長を、同じような状況を目にしながらも冷静な部分を残している副長がなだめる。しかもその方法は正攻法じゃなく、からかうような口調ながらも鬱屈した感情を上手く吐き出させて短時間に気分の切り替えをさせてやる、そんなやり取りなのだ。
「あーいう隊長の顔は副長の前でしか見たことないしな」
「そ。怒った隊長に何か言えるのも副長だけだし、隊長が笑うのも副長の前ばっかりだしなぁ」
 するとミハエルが話に割り込んだ。
「隊長が笑う?」
 あの冷たい瞳をしていた隊長が笑うなんてミハエルにはにわかには信じられなかった。
「そりゃ、いくらクールな人だからって隊長だって笑うさ。けど、あの笑顔はトクベツな感じだよな、オレみたときマジやばかったもん」
「あぁ、知ってるオレも見たことある!なんか一瞬男だって忘れるよな、まじ美人で」
 そういうが整備士たちは副官を嫌っているわけではなく、その人を含めた二人の関係を当然と受け止めているらしいことはミハエルにもわかった。だがそれが何だか気に喰わない。自分はエリートとしてここに配属になったというのに、歓迎されるどころか邪魔者になりそうな雰囲気だ。副官と隊長の関係がどんなに仲のいいものなのかしらないが、自分は副官としてジュール隊長についてエリートの道を進まなければいけないのだ。そのために邪魔だというのなら副官を隊長から引き離して自分がその地位に着かなければならない。赤服を着る者としてそれは絶対に譲れない意地だ、とミハエルは考えて、緑の服を着た副官の姿を思い出すのだった。





-2-


⇒NEXT



BACK←