「さっそく判定を言い渡したいところだが、その前に質問をしておこう」
 隊長の執務室にディアッカとミハエルの二人はいた。イザークはデスクについてそれぞれのシミュレーションの結果が打ち出された紙の束を眺めている。
「ミハエル、この得点には文句はない。味方機の使い方もまぁ新人にしてはよくできた。エネルギーの配分も最後までもったようだし、なによりクリアしたのは大きいな」
 ディアッカがクリアしなかったと聞いていたミハエルは自信満々の笑顔で頷いた。
「はい、ありがとうございます!」
「では最後の母艦への攻撃だが、脱出用シャトルが放たれてもそのまま撃ったのはどうしてだ?」
 イザークの質問にミハエルは一瞬その意味を理解できずに眉を顰める。当たり前のことに理由を聞かれるなんて。
「母艦を落とすという目的が最優先の場面で、あのタイミングで撃たなければ敵の主砲が撃ってきます。だから撃ちました」
 目的のためなら犠牲はやむをえない。それもあの場合は敵の犠牲だ。当然の選択だと、ミハエルの言葉にはそんな意味も含まれていた。
「なるほどな。確かにあのタイミング以外に敵の艦を撃ち落とすのは難しかっただろう。・・・ではディアッカ、おまえは何故撃たなかった?」
 イザークの言葉の内容にミハエルは驚いて隣にいる相手を見た。あの場面で撃たなかったなんてミハエルには信じられなかった。あそこで撃たなければ確実に自分が損傷を喰らうのは明らかなのに。
「非戦闘員を撃ちたくなかったから。あの場面でシャトルごと撃てば確実にやれるけど、それがベターではあってもベストだとは思えなかった」
 淡々と言うディアッカにミハエルはますます理解できないという顔をした。ベストじゃないなんてどういうつもりなのだ。
「それでシステムダウンさせてもか?」
 ふっ、と鼻で笑いながらイザークは聞いた。
「あれはちょっとみっともなかったけどな。非戦闘員が巻き込まれなかったんだからオレは別に後悔してないよ」
 後悔するどころかあっけらかんと言うディアッカにミハエルは自分の勝ちを確信した。ジュール隊のパイロットがそんな弱腰でいいわけがない。求められるのは確実に敵を落とす能力で、
センチメンタルに流されない冷静な判断力のはずだ。
 勝ち誇ったような顔をしているミハエルに視線を向けるとイザークはおもむろに口を開いた。
「では、判定を言い渡す。今回の勝負、勝者は・・・ディアッカだ」
 信じられない名前にミハエルは一瞬言葉を失った。
「な、何故です、隊長!! 私はクリアしたんですよ、何故クリアできなかったこの人が勝者なんですかっ!」
 いきり立つミハエルにイザークは冷静な視線を向ける。
「今回プログラムを改修したというのはあの場面だ。あそこでの判断はディアッカが正しい」
「なぜです? そんなの納得できませんっ」
 イザークのデスクに迫り寄ってなおもミハエルは言う。
「非戦闘員の犠牲は最小限に抑えるべきだからだ。戦闘でどんなに被害者が出ても仕方がないというのはジュール隊では通用しない。本来、パイロットとして優れた者ほど犠牲は出来る限りだすべきじゃない。それにお前の戦闘は犠牲を多く出しすぎる。撃たなくてもいいところまで敵を撃ちすぎだ」
「そんなっ。敵を撃たなかったらこちらが撃たれます」
 ミハエルの様子にディアッカは小さくため息をついた。
 アカデミーを卒業したばかりの新人。戦争がどんなものか現場がどんなものかなんて教科書だけじゃわからないことだらけだ。確かに自分も昔は同じことを考えていたように思う。まるでゲームみたいに敵を撃って、そこに同じ命があることなんてまるで思いつきもしなかった。
「われわれの仕事は敵を撃つことだが、もっと大きな仕事はプラントを守ることだ。そのために必要な戦闘はするが、その犠牲者はできるだけ少なくあるべきだ。敵を撃っているだけじゃプラントは守れない、最終的に敵との関係に決着をつけるのは政治の話で、そのために我々は必要最小限の犠牲でプラントを守らなければならない。それに・・・敵を撃てば撃つだけ平和になるというのなら、先の大戦であれだけ敵を撃ったのになぜZAFTは未だに存在している? 今でも新兵器の開発をつづけているのにお前は平和だと言い切れるのか?」
 イザークの問いにミハエルは答えられなかった。
その言葉は先の大戦を実際に生き延びた者にしか理解できない重みがある。それに気づかずにいるほどミハエルは愚鈍ではなかった。
「私の副官に必要なのは同じ判断基準を持つ人間だ」
 そこにはイザークとディアッカが共にさまざまなことを経験してきた長い時間に蓄積されてきた誰にも代わることの出来ない共通の価値基準があった。それをミハエルが当然のようになんて理解できるはずもない。
 だがミハエルはそれで引き下がらなかった。
「では隊長、私と先輩のどちらがZAFTにとって必要な人材だと思われるんですか? たとえば敵の急襲を受けて今この建物が崩れ落ちるとしたら、先輩と私のどちらと逃げることを選ぶんですか?」
 ミハエルの問いの意図するところをイザークは理解した。赤を着ている自分と緑のディアッカ。どっちのほうがZAFTの今後を考えたときに貴重な人材なのか、どちらを重視するのか、と言いたいわけだ。しばらく考えてからイザークはゆっくりとミハエルを見上げた。
「・・・お前だな」
 ニヤリ、とミハエルが表情を崩した。そしてディアッカを振り返る。着ている服の違いはどれほどに大きいか思い知れ、とばかりの顔だった。
「こいつはほっといても自分で何とかするだけの力はあるから助ける必要はないだろう。お前を助ければ自動的に二人とも助かるのがわかってるんだからな」
 イザークの言葉にミハエルの顔色が変わった。思いも寄らなかった選択の理由。
「それに・・・有力な国防委員の甥を助けておいて今後に損はないだろうしな」
 駄目押しとばかりにイザークが言うとミハエルは顔を真っ赤にしてわなわなと手を握り締めていた。
「もういいんじゃない?」
 ミハエルの背後からディアッカが声をかけた。
「全部言わなくても主席君にはわかるはずだし、そいつも教科書には載ってないこと知って、いい勉強できたと思ってるわけだし・・・」
 勝手に決めつけておいてディアッカは言った。ミハエルは何もいえないでただその場に立っている。
「珍しいな、お前がフォローしてやるなんて」
 イザークが言うとディアッカは両手を頭の後ろに組んで背中を伸ばしながらイザークの横へと歩いていく。
「別にそいつがどーこーとかじゃなくて、オレはイザークの時間を無駄にして欲しくないってだけの話」
 まるで目の前にミハエルがいないかのようなディアッカの素振りにイザークは小さく睨みつけながらも注意をするわけでもない。目の前でもはや動けなくなっているミハエルにイザークは向き直ると告げる。
「用件は済んだな。今後のことは改めて指示する。もうさがっていい」
 全ての幕切れを告げる言葉にミハエルは一旦俯くと顔を上げて敬礼をした。そして無言のままに隊長執務室を後にしたのだった。










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