「わかってたわけ?」
ミハエルのいなくなった部屋でディアッカはイザークのデスクに腰かけながら聞いた。
「アカデミーの主席の新人だろう」
とぼけるようなイザークの答えにディアッカは苦笑する。ランドエルの件を出しておきながらよくそんな顔ができるものだ、と。
「で。全部わかった上でオレに別のところでの仕事までさせたわけね」
最初からディアッカを元に戻すつもりで。ミハエルの背後にある思惑も全て承知の上で。まるでディアッカを試すようなシミュレーションまでさせたというのだからイザークもとんだ食わせ物だ。しかもあのシャトルの状況。あれは戦後の裁判でイザークの罪状になった場面で、見せられた方の心臓を潰すつもりかといいたくなるような内容だった。
「まぁ、たまにはこういうのも余興にはいいだろう。ギャラリーは楽しそうだったぞ」
誰より一番楽しんだ人間であろうイザークの、人の悪い笑みにディアッカは深くため息をつく。
「なんだよ、それ」
「俺が政治にまるで関心がないとでも思ったか。確かに一時期は都合よく使われて嫌気が差したがな」
すでに隠居の身となったとはいえあのエザリア・ジュールの跡取りであるイザークは小さな頃から政治のドロドロとした人間関係が当たり前の環境にいたのだ。そのなかでうまくやっていくには距離をおくよりも多くの情報を得ておくことが一番だ、とイザークは誰より知っているのだ。当たり前のことだとばかりの顔にディアッカはなんだかむかついてくる。だがそれを制するようにイザークが言葉を発した。
「ところでお前・・・ミハエルを殴ったらしいな。そんなに妬いたのか?」
唇の端だけあげて蒼い目で見上げてイザークは言う。どんな窮地にあっても余裕を失わないような男なのに、そのディアッカが人を殴るなんてよほどのことだ。
「ああ!妬きましたよ!!そのまま部屋を飛び出して誰かさんを本部に迎えに行っちゃったくらいにね」
今さらそんなこと言うなよと視線で言ってディアッカは「・・・ったく」とふてくされる。
「で、ミハエルはどーすんの?」
部屋を出て行った新人のことを思い出すようにディアッカは隊長に尋ねた。
「そうだな。頭を冷やすには充分だろう、とりあえずはシホに任せておくか」
確かに、とディアッカは思う。
シホがイザークに惹かれるのはエリートとしての優秀さだけじゃなく、どこか放っておけない危なっかしさを女性特有の本能でかぎつけていたからかもしれない、とジュール隊に配属になってしばらくしたからディアッカは気づいていた。エリートとしてのプライドの高さと現実を知らずに突き進もうとするアンバランス。それが今のミハエルの状態だが、以前のイザークに似ているところも多いのだ。それにミハエルも不思議とシホの言うことは素直にきいていたのだから、新人エリートの世話役にシホはちょうどいいかもしれない。
「じゃぁイザークの世話係はオレに戻ってくるんだ?」
ディアッカは嬉しそうに笑いながら聞いた。
「世話係とは何だ! 第一、いくら副官が書類上二人いたとはいえ、その役を他の人間にやらせていたつもりはないぞ。俺のやることは無茶苦茶だっていつも言ってたくらいだから、仕事に手抜きが出来ると内心喜んでいたんじゃないのか?」
他の場所での仕事までさせてたのは誰だよ、と言いたくなるイザークの勝手な言い様。けれどそれは他の誰にも見せない彼の甘えからくる言動だから、ディアッカは怒ることすら忘れてしまう。
「何だ?」
何も言わずに笑っているディアッカにイザークは視線を返す。
「いや、べつに」
こんなにもアドバンテージがあるのに自分は何をあせってミハエルを殴ったりしたのだろう、と本当に今さらばかばかしいことをしていたなと思う。
「はは・・・」
ふいにディアッカが笑ってイザークは不思議そうな顔をした。だがつむがれる言葉はかわいさの欠片もないイザークらしいものだ。
「俺の隣に立つのは・・・いや、・・・お前に一番ふさわしい場所は俺の隣だというのを思い知ったか」
どこまでも無茶苦茶なことをいうけれど、そんなイザークのことを好きなのだ、と思ってしまう自分はやはり末期なのだろうとディアッカは痛感する。
手を伸ばして銀の髪をそっとその耳にかけてやると嫌がる風でもなくイザークはディアッカの首に腕を回す。
「仕事中だぞ」
だが言いながらイザークの目蓋は閉じられて強請るように顔が上向いた。ディアッカは体を屈めるようにしてイザークの唇を奪った。
「隊長の公私共に支えるのがオレの仕事だからね」
そういうとディアッカはもう一度イザークにそっと口付けた。
「まぁお前はそこで笑っているのが一番似合ってるな」
そう笑うイザークにディアッカも笑い、そして取り戻した副官の仕事を果たすべく、ぎゅっと思いを込めながらその体を抱きしめるのだった。
END
2009.4.15
初出2005.11.3刊『君に一番ふさわしい場所で』
初出2005.11.3刊『君に一番ふさわしい場所で』
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