「検査の結果がでましたよ」
 診察室の隣の部屋のベッドの上で点滴を受けていたディアッカのところへドクターがやってきた。
 そこには当然付き添いのイザークもいる。
「どうなんだ?」
 イザークの言葉に敬意はない。軍においては医者などより戦場を駆るパイロットの方が格が上というのは仕方のないことだ。
 しかもそれがエース中のエースとなれば、医者などは自分の機体を預けるメカニックよりも下の扱いになるのかもしれない。
「インフルエンザのP3H型の亜種だね」
 検査表を見ながら告げる。その言葉にイザークは怪訝な顔になった。
「たかが風邪でこんなことになるのか」
 こんなこと、といわれたディアッカはぐったりとして起き上がることもせずにいる。発熱が40度近くになり、  コーディネーターの体力をしても辛い状態だった。
「風邪とインフルエンザは違います。コーディネーターはあまりここまでなることはないですが、たまに大当たりすると」
「大当たり?!」
 語気を荒げてイザークが聞き逃さずにつっかかる。
「あ、いや、その、ごくまれにウイルス抗体に隙間があってそのままの状態のDNAをもつ人だと、ナチュラル並みに  ひどい症状になることがあるんです」
「この時代にか?」
「ええ。インフルエンザのウイルスは少しずつ型を変化しながら進化しているので、完全に封印するのは難しいんです。
ただ、それで死に至るようなことはありませんから、古い時代とは違って」
どこか納得いかない表情のイザークを横目に、ドクターはディアッカに向くと告げた。
「このまま入院すれば3、4日で回復するでしょう」
「…入院?」
 ディアッカは苦しそうになんとか一言だけ聞き返した。
「ええ。このまま手続きをしますから。着替えはルームメイトにでも持ってきて……」
「それは…勘弁、してくれよ」
 ドクターの言葉をさえぎってディアッカは言った。
「無茶言わないで。その状態で自分の部屋に戻っても辛いだけでしょう。環境だって十分じゃない。ルームメイトだって いるわけだし…」
 ドクターの言うことは正しい。
 たいてい怪我なり病気なりになった場合は、程度の差こそあれ入院という措置になる。そこにはルームメイトが 戦場に出る場合に、その環境を乱さないためという配慮も含まれているからだ。寝込んでいる同僚の隣で 身体を休めることなど十分にできないという理屈だった。
 しばらくディアッカの様子をみて黙っていたそのルームメイトは、ドクターの予想外のことを言い出した。
「そのウイルス抗体があれば移ることはないのか?」
「はっ?」
 突然のことに理解しかねたドクターは半オクターブくらい高い声をだした。
「俺に抗体があれば、移る心配をする必要はないんだろう」
「それはそうですけど。しかし…」
 困った様子のドクターにはかまわずにイザークは続けた。
「ならすぐ検査しろ」
 その口調と、彼が赤服であることを知っているドクターは--------面倒なことは避けたいのは人間だれにでもある心理だ-------- しぶしぶナースに指示を与えた。
 検査室に連れて行かれるイザークを遠くに眺めながら、ディアッカは苦しそうな中で力なく、けれどどこか自信にあふれた 笑みをこぼした。



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