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 念のためイザークがワクチンを打つことを条件に、ディアッカの自室療養はかなり強引に許可が出された。
 それから二日経つが、その間のイザークはフル稼働とも言える状況だった。同僚が寝込んでいるからという理由で、 仕事の質量が落ちることは彼にとっては絶対にあってはならないことだったから、通常のスケジュールで、 さらにディアッカの世話のための時間を作り出していた。
  けれどそんなそぶりは微塵も見せないあたりがとても彼らしいと、病気の身ながら、ディアッカはいとおしく思ってしまう。

「イザーク、メシは?」
 ディアッカは聞いてみる。
「そんなもの、いつでもいい」
 言いながらディアッカの手から空いたグラスを取り上げる。
 いつもとは逆のやりとりにイザークがとても頼もしく思えて、その違和感にディアッカは笑った。
「何がおかしい」
 突然笑ったディアッカに不思議そうにイザークが聞いてくる。
「別に」
「熱の具合はどうなんだ」
 グラスを置いたままベッドサイドに立ちながら腕組みをしてディアッカを見下ろして尋ねる。
「あぁ、えっとわかんない…けど、下がった、かな」
 上半身を起こした状態で、ディアッカはあいまいに答えた。起き上がれるのなら、まだましなのだろうとイザークは思った。
 2日前、さすがに病院に連れて行くことにしたきっかけは、ディアッカが起き上がることもできなくなってしまったからだった。
 車を玄関まで回してから、なんとかディアッカに肩を貸して車まで運んだのだった。着いた病院ではストレッチャーで運ばれたほどだ。
「だったら着替えろ。昨日の夜から着たままだろうが」
 ぶっきらぼうに言い放つ。
 夜中にあまりに汗をかいていたから、着替えをさせようかと思ったのだ。イザークは。でもよく眠っているのを起こすのは気が引けて、 そしてそのまま起きるタイミングを待っているつもりがいつの間にか自分が寝てしまっていた。朝は朝で忙しかったから ディアッカをそのままにして出かけたので、結局昨日のままということになる。だから、少しでも早く帰ってこようと思ったのだ。
「ああそうだな。着替え…」
 言いながらディアッカは布団をよけて、ベッドサイドに足を下ろそうとした。
 けれど、それは成功せず、頭から床に突っ込むようにバランスを崩した。
「ディアッカ!」
 言うより早く、コーディネーターの反射神経をフルに発揮して、イザークはディアッカを受け止めた。
 そしてイザークはすぐに事態を理解した。抱きとめた腕の中のディアッカは体全体がかなり熱い。薬が切れたからか、 また熱が上がったのかもしれなかった。
「このばか! ひどい熱じゃないか!」
 怒りながら、ディアッカの姿勢を元に戻す。
「悪い、ちょっと」
 怒られたディアッカはこりもせず、イザークに言う。
「ちょっとじゃない!」
 そのいい加減な言葉にイザークは病人相手という配慮もどこかへふっとんでいつもどおりに怒鳴りつける。
  けれど怒鳴られたディアッカはそんなことはおかまいなしに自分のペースで続けた。
「いや、ちょっと、このまま」
 イザーク腕のなか、そのままの姿勢でディアッカは半分熱に浮かされたようにいつもの口調とはまったく違って ふわっとつぶやいた。
「…抱いててよ」
「何?」
 聞きなれないセリフにイザークは戸惑った。感情そのままのトーンで聞き返す。
「だって、お前に抱きしめられるなんて…けっこー気持ちいい、から」
 言われた内容に、羞恥の気持ちを押し隠しながらイザークはきつい口調になって言った。
「何をばか言ってる」
 けれど、それでもディアッカは続ける。熱のせいでいつものような会話にならない。
「ばかでいーだろ。オレ病人なんだから」
 言いながら、ディアッカは目を閉じてしまった。
 イザークの軍服に頬を押し付けながら、苦しげに呼吸を繰り返している。
 腕の中のディアッカらしくないディアッカというやっかいな存在に戸惑って、イザークはどうしたらいいのかしばらく考えていた。
 そしてふいにディアッカを離して立ち上がる。
「あぁ、もう終わりか…」
弱々しく、けれどどこか満足した様子でディアッカは言った。イザークの性格を考えれば、甘えられるなんてありえないと わかっていたから、少しの間でもそれができただけでもいいと思ったのだ。
 そんなディアッカを傍目に、イザークは軍服の上着を脱いで自分のベッドへ放り投げた。そしてディアッカの隣へ座りなおす。
「…汗かいてるから、知らないからな」
 ディアッカの顔は見ないでそっけなく言う。
「え?」
 言われたディアッカは何のことかはわからずにいる。
「まだシャワー浴びてないから」
 そこまで言わせるのか、という気持ちを抑えながら、イザークは続けた。それが汗臭さを気にしてるということだと気づいて ディアッカは笑うとイザークの胸の中へゆっくりと身体を預けた。
「平気。オレのほうが汗かいてるから」
 そのままディアッカは目を閉じる
「そうか」
 短く言って、イザークは発熱でいつもよりずっと体温の上がったディアッカの体を受け止めるようにして細い腕を回した。
  その身体はなんだかいつもと違って頼りないようにイザークには思えた。そして奇妙な感覚に襲われた。
 腕の中のディアッカにキスしたい、という衝動に。
 いつもは抱きしめられて、キスされる側だったから気がつかなかった。
 けれど、腕の中に抱きしめていると、どうしてキスがしたくなるのか。
 結論が出るより先に、イザークは自然とその金髪が揺れる褐色の額に口付けをしていた。
 熱い額。
 自分の唇とはまったく温度が違って、それが鮮やかに感じられる。
 ディアッカの反応は何もない。そのまま眠ってしまったようだ。
 それに気づいたイザークはディアッカを起こさないようにして寝かせようと、自分の腕ごと横になる。
「ディアッカ…」
 そしてその身体を抱きしめながら、もう一度、腕の中の恋人の頬にキスをした。





END


2004/12/14




あとがき


甘えるディアッカのお題についてかきました。
うちのは乙女イザークなので、それに甘えるには
ディアッカに病気にでもなってもらおうという単純な発想です。
本当はもっとイザークがふんふん言ってくれるはずだったんですが・・・。
一応イザークサイドで書いていますが、イザークの一人称は無理なのでこれが限界です。
甘えてるのはディアッカなのにやっぱり乙女が抜けきれないイザーク姫でした。

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