コーディネーターは死ぬような病気にはならないとされている。
それは正しい。
ただ、まったく病気にならないというわけではない。症状はナチュラルに比べれば軽めということになるのだろうが、
それなりに病気にはなる。そして、たとえばそれがナチュラルだったら命の危機とされるものが、しばらく寝込むレベルになるという話である。
「まったく、何で俺がこんなことを!」
苛立たしげに言いながら、イザークは自分の部屋に向かってかなり早足に、--------それは彼を知る人だったら、避けて通るほど機嫌の悪さをオーラにして撒き散らしながら--------歩いていた。
その手には軍病院で処方された薬があった。彼のためのものではない。
宿舎の自分の部屋に着くと、ロック--------元のものよりもかなーり複雑で面倒な設定に変えて、一体何をそんなに厳重に守らないといけないんだ、と一部の人間には思われている--------をイライラしながらそれでも手早く解除した。
そして部屋の中に入った途端に彼の苛立ちのタネが目に入った。
それは二人部屋の片方のベッドで苦しげにうなりながら寝ている人物、ディアッカ・エルスマンだった。
ディアッカはこの3日間寝込んでいる。鬼の霍乱というやつだろう。
ドクターに言わせれば、死にはしないが厄介な病気、インフルエンザにかかったのだという。
最初聞かされたときには、風邪ごときで寝込むな、と思ったのだが、インフルエンザのウイルスというのは普通の風邪とは違って面倒なのだといわれた。
地球上で古い時代には、一年間の死亡患者が核爆弾が初めて投下され最大の犠牲者を出した戦争以上の死者をだしたこともあるのだというのだという。それはイザークも文献で読んだことはあったのだが、そんな古い時代の病気が
人類が宇宙で生活を営むようになってから久しい時代にも残っていることに驚いた。
インフルエンザには色々な型があって、コーディネーターのほとんどは重症になることなく済むのだが、たまに大当たり--------確かにあのドクターはそう言っていた--------してしまう人間がいるのだという。ウイルスの型が抵抗力の隙間に
はまり込むようにして発病するということらしい。その場合は、かなり症状が重くなる。しかし、現在のプラントの医療レベルからして、死に至る可能性はない。だが、抵抗力の隙間を発病後から埋めるということは後天的にDNAのレベルで
何もできないことことと同じで、結局は対症療法になるのだという。
今回は、ディアッカが体調不良を示したときも、ただの風邪と思っていたのでドクターにかかるのが遅かったのも長引いている原因だった。そんなことで弱ってるんじゃない、と早く病院に行かせなかった自分にも少なからず
--------本当はかなりイザークのせいだ、とは口が裂けてもディアッカは言うことはないだろうが--------責任があると思っているので、イザークは病院に薬を取りに行ったのだ。
本来ならば、ディアッカがとっとと病院に入院してしまえば、イザークは自分の仕事に専念できるのだが、同じ部屋で寝ているためにいろいろと世話することに振り回されているというのが今の状況だった。
ガタリ、とイスを運んでベッドサイドに座るとイザークはディアッカの顔を眺めた。
褐色の肌にはうっすらと汗がにじんでいる。高熱のためか、苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。
思えば、ディアッカが弱っているのは初めて見る気がする。いつも軽いノリで、けれど自信にあふれている彼は、肉体的にも精神的にもかなり頑丈で、どちらかといえばいつも自分が支えられているのだ。意外とマメなので
--------というかイザークが無頓着な面が多すぎるというのは本人の自覚のないところだが--------世話をされているのは不本意ながらイザークの方が圧倒的に多かった。
たちあがってイザークはカウンターへ向かう。
そして水を持つと持ち帰った薬の容器を手に、ベッドサイドへと戻った。
「ディアッカ」
らしくなくやさしいトーンで呼びかける。さすがのイザークも自分の苛立ちのトーンそのままに病人に怒鳴りつけるのは 気が引けたらしい。
病人が寝返りを打って、こちらに顔を向ける。けだるそうにまぶたを上げると、紫の瞳がぼんやりとイザークを捉えた。
「あ、イザー…ク…」
途切れがちにディアッカは声を出した。
「薬取ってきたぞ」
ぶっきらぼうな言い方はいつものとおりだが、この状況の原因が自分にあると思うと、八つ当たりはさすがにできないのだろう。
「あぁ、サン、キュ」
ゆっくりとき上がりながら、ディアッカはイザークの姿に焦点を合わせた。そのイザークはいつも身なりに気を遣う彼らしくなく、軍服の襟元が開いたままで、髪の毛も乱れてる。
「…テスト、終わったのか」
朝出かけていくときに、デュエルのテストに夕方まで時間がかかりそうだと言っていたので、ディアッカは不思議そうに聞いてきた。
確かに今の時刻は午後1時過で、本来なら宿舎まで戻ってこられるはずはなかった。
「ふん、そんなもの終わらせた」
いつもの調子だが、かなり急いで帰ってきたのだろう。そして担当メカニックに相当な無理をいったのだろうと ディアッカは小さく苦笑した。--------早く終わらせるために相当な無理をして、けれど絶対に完璧を求めるのだから、
そのプレッシャーは相当なものだったろうと--------気の毒にさえ思えてしまう。
「水、くれる?」
見上げるようにしていうと、すぐにグラスが差し出された。ついでに薬の錠剤も、必要な数だけ添えられて。
ただそこに言葉はついてこないのがイザークらしい。
「悪いな。迷惑かけて」
受け取りながらディアッカが言うと、イザークの表情が険しくなった。
「迷惑? 俺はそんなこと言った覚えはない」
「そうか?」
渡された薬を飲み干しながら聞き返す。
「迷惑だったら、お前などとっとと病院に突っ込んでいる」
突っ込んでいる、という言い方にディアッカは力が入らないながらも笑ってしまう。
誰が考えても、この状況は迷惑なはずだった、間違いなく。病院で診察を受けたときには、ドクターにあきれられるほど重症になりかけてたから、即座に入院を勧められたほどだ。けれど、ディアッカは自室にて療養ということになった。
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