「逃げるのか」
 覚悟を決めた出鼻をくじかれたようで、イザークの声は不機嫌に染まる。
「いやそーじゃないけど」
 続きを言おうとしないディアッカに、イザークはなおさらイラついてくる。
「じゃあ何なんだ?」
 すぐ目の前で不機嫌面を満開にさせてる恋人にディアッカは軽くため息をつくと、あきらめたように白状した。
「だって、イザーク、オレにキスしたいなんて思ってないでしょ?」
 言われたイザークは数瞬黙り込む。
「別にしたくないわけじゃ、・・・ない」
 ようやく言い返す語尾もフェイドアウトするように俯いて垂れ下がる銀の髪にかき消される。
「でも、したいとは思ってないでしょ? オレに仕返ししてやろうってばっかりでさ」
 ま、そんなの全然仕返しにもならないけど、とはおくびにも出さずディアッカは続ける。
「そーいうことならお断りだぜ。オレはイザークにキスしたくてするんだから、勝ち負けなんて考えてないし、そんなもののためにキスされるなんて御免だからな」
 突き放すように言ってイザークの様子を伺う。すると観念したかのようにディアッカの膝から降りようとした。
「何? 逃げるんだイザーク」
 その腰をしっかりと抱きとめて逃さないようにディアッカは意地悪く問いかける。
「逃げるわけじゃないぞ! ただ、その、今じゃなくていいと思っただけだ!」
 目一杯強がって言い返すが、その威力はディアッカにはまるで通じない。
「今じゃなかったらいつならいいんだよ?」
 青い眼を覗き込むようにすると、戸惑ったイザークがそこにいた。
「そんなのいつだっていいだろ」
「ふぅん。なら今だっていいんだ?」
 ディアッカの言葉にイザークがあからさまに驚いた顔をする。
「おまえ何言って・・・」
 言いかけたイザークの言葉はディアッカによって奪われた。唇を掠める軽いキス。
 不意打ちを食らってイザークの目は開かれたままだ。
「あ、今の見てた?」
 楽しげに言うディアッカにイザークは両手で体を突き離そうとする。
「見てるわけないだろっ、そんなの!」
 けれど、ディアッカの腕の力は弱まることはなく、イザークは相変わらず抱きかかえられている。
「じゃぁ、ちゃんとイザークからキスしてもらわないとな」
「だから、それは! 今じゃなくていいって・・・」
「やだ。オレは今がいいの!」
 二度目のキスはぎりぎりでイザークが交わして空振りになった。
「お前の問題じゃないだろっ!」
 交わされても何も気にするふうもなくディアッカは楽しそうに言う。
「でもイザークがキスしたいって思えばいいんだから。だったらそうなるようにすればいいでしょ」
 そういいながらイザークの首を後ろから支えるようにして固定するとディアッカは甘い口付けを落とす。その瞬間にイザークは反射的に目を閉じている。
「・・・っ」
「そんな力いれないでよ・・・ほら」
 頬にチュッと音を立ててキスをして、それから鼻の頭にもキスをする。くすぐったそうにするイザークの体からは自然と力が抜けていた。すっぽりとその体がディアッカの腕に収まった。そこへディアッカは軽くついばむようなキスをする。
 額に、まぶたに、顎に、こめかみに・・・。何度も何度も。子供の遊びのように。ディアッカは少しずつ舌でその肌をくすぐるようになめてやる。けれど、決して唇には触れずに。
 やがて、じゃれていただけのイザークの瞳に甘い熱がともったのを認めると、ディアッカはその舌で薄い唇をぺろり、となぞった。
 ぞくぞくと背中を駆け抜ける電流のような痺れにイザークは軽く瞑目した。それをみてディアッカは小さく笑う。
「・・・どしたの、イザーク?」
「・・・・・・目、つぶれっ」
 照れ隠しでふてくされたような言い方があまりにもイザークらしくて、ディアッカにはたまらなくかわいく見える。
「なに、キスしたくなった?」
「うるさいっ。いいから目をつぶれっ」
 にやにや笑い出しそうになる顔をなんとか抑えると、ディアッカはその瞳をゆっくりと閉じた。
 
   





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