近づいてくる青い瞳に向かってディアッカは言った。
「逃げるのか?」
怒ったようにイザークは言う。
「いやそーじゃないけど」
なんか全然ムードないんだもんなー・・・とディアッカは内心で吐息した。
きっかけは二人で見ていたテレビだった。これという番組はなくてなんとなくやっていた映画を見るとはなしに見ていたら、クライマックスらしいキスシーンが流れて。目を閉じる女優の横顔を見ながら漏らしたディアッカの一言がイザークの負けず嫌いに火をつけた。
「なんか、イザークに似てる・・・」
とたんに隣でイザークは反発する。
「どういうことだ、俺が女に似てるってことか?!」
女みたいだと言われることを何より嫌うイザークは、そういう発言に敏感だ。
「違うって!なんかその目の閉じ方とかなんか雰囲気が・・・」
慌てたディアッカの言葉に今度は違う意味でイザークは反応する。
「目の閉じ方って・・・お前、いつもそんなの見てるのか?」
自分はキスをするときは、すぐに目を閉じてしまうのに。それを一方的に眺められていたなんて全然気がつかなかった、とでも言いたげだ。
「いや、別にいつもじゃないけど。たまになんとなく・・・見てたりするのはあるけど・・・」
かぁっとイザークの顔が赤くなる。
「そんなことしてるなんて、お前、卑怯だっ!」
「卑怯って・・・イザーク・・・それなんか違う・・・」
とんでもない方向に話が発展して、ディアッカは弱り果てた。馬鹿正直に言うんじゃなかった、と後悔もしていた。目を閉じたイザークの顔がきれいで、ついそれを見てしまうなんて・・・。
「違わないっ。自分も目を閉じてるかと思えばそうじゃないなんて! それがわかってたら俺だって目なんて閉じないんだからなっ」
すっかりイザークは勝ち負けモードに入ってしまっている。キスされる自分の顔を見られるのがそんなに嫌なのか。ディアッカは逆に不思議に思う。別に減るもんじゃないし、それくらいたいしたことないだろう、と。
「別にいつもってわけじゃないんだし」
「回数の問題じゃないっ」
よっぽど気に障ったのかディアッカの襟首をつかみそうな勢いでイザークはがなりたてる。困ったディアッカは、けれど、あるひらめきのもとに切り出した。
「じゃぁイザークからキスする? そしたら目を開けてられるぜ。するほうは目を閉じるとしてもぎりぎりまで相手のこと見てられるし、別にそのまま目を閉じないでキスしたっていいんだし・・・」
ディアッカの計略なんて呼べるほどでもない軽い思いつきにイザークはまんまと食いついた。
「だったらお前は最初から目を閉じるんだぞ、いいんだな?」
あああ。自分で言ってる意味わかってるのかな、こいつってば。自分からキスする宣言なんてしちゃって。そんなこと滅多にしないのに。ディアッカは密かにほくそ笑む。
「いいよ。ある程度顔が近づいたら閉じるよ。それでいいんでしょ?」
「絶対だな?」
「ああ、絶対」
言うとディアッカは胡坐をかいた自分の膝に乗せるようにしてイザークを正面に抱きかかえた。
ディアッカはされるがままになるつもりで、それ以上何もしないでいる。
そのディアッカより少し高い目線のイザークは、この段階になって自分がどういうことを言ったのか気がついたらしいが、いまさら後には引けないと覚悟を決めたように姿勢を正すと、ディアッカの首に両手を回した。
その手に導かれるようにディアッカの顎がわずかに上を向く。間接照明の灯りを吸い取って紫の瞳が深くつやめいた。その表情がなんとも言えず、甘く柔らかでイザークの心臓は急に早く鼓動し始める。それが相手にばれないように、けれど目を閉じた姿を見逃さないように、しっかりとその目を見開いて睨むようにしてその顔を近づけていく。
すると、瞳の色が急に熱を失ってディアッカが言った。
「なぁ、やっぱりやめようぜ」
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