次の日には学校中にディアッカの噂は広まっていた。あのイザークの拳を止めたというのだから誰もが驚き興味津々で、あっというまに全校生徒の知るところとなっていた。
 そんな噂が流れている中、当事者であるイザークは昼休み屋上でディアッカを待ち伏せていたが空振りに終わったと知ると、予鈴のあとディアッカのクラスに立ち寄った。
「おい、ディアッカ・エルスマンはいないのか?」
 噂が知れ渡ったその日に当のイザークがディアッカを尋ねてきたとあってクラス中がその一言に振り返り、イザークに注目した。
「いや、今日はきてないよ」
 誰かがそう答えるとイザークはすぐに自分のクラスに戻っていったが、その行動がさらに噂に拍車をかけた。イザークがディアッカをボコボコにしてやろうと待ち伏せている、だの、ディアッカがイザークをパシリにしてしまっただの、好き勝手でいい加減なものばかりだったが、退屈な毎日を過ごしていた生徒たちは表面的には知らん顔をしながら、二人の動向にますます注目するようになったのだった。
 
 イザークが家に帰ると玄関には珍しく母親の姿があった。
「母上・・・」
「おかえりなさい、イザーク」
 議員をしている母親は多忙でほとんどを職場の近くのマンションですごしてる。だからこの家に帰ってくることもまれで息子と顔を会わせることも少なかった。
「ただいまもどりました。今日はどうされたんですか?」
 いつものスーツ姿ではなく、その装いはパーティにでも出席するかのような華やかなものだった。イザークという息子がありながらエザリア・ジュールの美貌は衰えを知らないかのように際立っている。この容姿を議会の広告塔として利用しているパトリック・ザラという人間をイザークはあまり好きではなかったが、確かに自分の母親ながら美しいと思う。だがそう思うことは母親そっくりの自分を褒めるようで、イザークは複雑な気分になる。彼ももう年頃の少年で、女に似ている自分の顔というのを気にしないでもなかったからだ。
「パーティという名目の仕事よ。着替えがなかったからこちらに寄ったの。あなたは元気そうね」
「はい、母上もお元気そうでよかったです」
 自分の頬を撫でる母の手のひらにくすぐったそうにしながらイザークは言う。学校で近寄りがたいと思われているイザーク・ジュールとは全く別人の顔だった。





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