「そういえば、貴方の学校にタッドの息子が編入したという話だけれど、もう会ったの?」
 その言葉にイザークは一瞬答えにつまる。タッドというのは同じ議員のタッド・エルスマンのことだ。つまり母はディアッカ・エルスマンのことを聞いているのだ。
「えぇ、クラスは違いますが・・・」
 まさか自分が殴ろうとしたのを止められた、とは言えず曖昧にイザークは答えた。
「そう。ディアッカはとても優秀だという話だから、貴方たちが仲良くなってくれたら私としてもいろいろと都合がいいのだけれど・・・」
 そうエザリアは言って小さく息をついた。タッド・エルスマンは現状では中立だという。だがナチュラルとの関係が良好とはいえない状況で、エザリアは自分の側の人間を少しでも増やしておきたいらしい。
「あら、いけないわね、私ったら。貴方はあなたの好きに生活してくれていいのよ。私のかわいいイザークだもの」
 そして母親は息子の頬にキスをして、そっと抱きしめた。
「母上・・・」
「もう時間だわ、出かけなきゃ。会えてよかったわ、今度はゆっくり食事をしたいわね、一度あっちの部屋にも来て頂戴ねイザーク」
 そういうエザリアにイザークは小さく頷いた。イザークは人ごみが嫌いで都市の中心部にあるエザリアの仕事用のマンションにはあまり近寄らないのだ。
「はい、わかりました。お気をつけて」
 言ってエザリアを見送ったイザークは自分の部屋に戻った。ベッドの上に大の字になって目を閉じると、頭の中には昨日のシーンが繰り返す。
 あれは渾身の一撃だった。今まで誰にも避けられたことのない絶対の武器だったのに。それなのにあのディアッカは立っている位置を変えることもなくいとも簡単に腕をつかんでしまったのだ。
「くっそ!」
 悔しさがこみ上げてイザークは枕を壁に投げつけた。今日会ったら今度こそ本気で殴ってやろうと思っていた。あれでディアッカというやつに見下されるなんてイザークには耐えられなかったのだ。学校中で昨日のことが噂になっているのはさすがのイザークでもわかった。だから余計に腹が立った。あのままになんてしておけない。イザークはいつでも一番であることが当然だと思ってきた。学校でももうずっと自分に敵う人間はいなかったのだ。何年も当たり前だったイザーク・ジュールは優秀だ、ということがあの出来事で覆されてしまったと思うと、ディアッカというやつを殴り返さないと気がすまなかった。何より自分より優秀な人間の存在なんてイザークは認めたくなかった。イザークは生まれたときからエリートであることを定められた人間なのだ、そう育てられてきたのだから、それを邪魔する存在は許すわけにはいかなかった。
「ちっ」
 舌打ちをすると起き上がり制服を脱ぎ捨ててシャツとズボンを身につける。家の中にいたらムシャクシャするだけでますます思い出してしまいそうだったから、外に出かけようと思ったのだ。
「そういえば、新しい本が出ていたはずだ・・・」
 イザークはカレンダーで日付を確かめると財布をポケットに入れてドアを開ける。好きな本でも読んで気分転換をしよう。そう思ったイザークは気持ちを切り替えてメイドに外出を告げて玄関へと向かった。






10

⇒NEXT