シュッ。
鋭く空を切る音がしたと思ったら、次の瞬間、そのイザークの腕はディアッカにしっかりとつかまれていた。
「な・・・っ!」
体だけをひねるようにしてイザークの拳を避けたディアッカは、バランスを崩すこともなく立ったまま、自分を通り過ぎた拳を見送ってその細い腕をしっかりとつかんでいたのだ。
驚きに目を見開いているイザーク・ジュールにディアッカは飄々として笑う。
「だーからさー、無駄な体力は使わない方がいいって言ったでしょ」
軽くそういいながら、けれど腕を握る力は強く、イザークは抗っても逃げることはできない。睨みながら、きれいな顔が悔しさにゆがむ。
へぇ、今まで負けたことなんてないんだ、こいつ。
ディアッカは冷静に観察しながら、そんな感想を抱く。
ざわざわと周りが騒ぎ始めて、ディアッカはその手を離すといった。
「誰か、そいつ医務室に運んでやれよ」
すると野次馬の中から数人が出てきて担ぎ上げると人垣を掻き分けてその向こうへ消えていく。それにつられるように野次馬は散り始め、止めをつげるように予鈴が鳴り響いた。
「で、もう気は済んだんだろ?」
そこから去ることもしようとせず、立ったまま拳を握り締めているイザーク・ジュールにディアッカは聞いた。
「黙れ!貴様には関係ないことだっ」
睨み付けて言うとイザーク・ジュールはそのまま背を向けて歩き出した。
「オレの名前、覚えたよな?」
その背中に向けてディアッカは茶化すように言う。
「知るか!」
イザーク・ジュールは声だけで答えて銀の髪を振り乱し、その場から駆け出していく。
「・・・棚ボタ、かな」
別に人助けなんて趣味じゃないけど、イザーク・ジュールに対しては強烈な印象を植え付けたに違いない。
そう思うとディアッカは自然と口の端が上がっていて、こみ上げる笑いを隠そうともしなかった。
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