「へぇ、じゃぁ、あんたの家の豪華な弁当でも食わせてくれんの?」
ニヤリ、と笑ったディアッカにイザークはふん、と腕を組んでみせる。弁当など普通は持ってくる物ではない。食堂で昼食を摂るのが普通なのだから。
「それをするには貴様が母上に一度会う必要があるだろうがな。事情を話さずに弁当を用意して欲しいなど通用せん。まぁ洗脳される覚悟があるなら家に来てみるがいい」
鼻で笑ってイザーク・ジュールはディアッカを見た。
「洗脳って・・・。悪かったな、言いすぎたよ。あの人はあの人、アンタはアンタだ。それでいいんだろ?」
勢いで言った言葉を取り上げて言うイザーク・ジュールにディアッカは罰が悪そうに確かめる。
「さすがにバカじゃないらしいな」
そう言ってイザーク・ジュールはふっと笑みを浮かべた。そして思い出したようにディアッカに告げる。
「友人など家に呼んだことがないからな。貴様が来るとなれば大歓迎されるだろうから覚悟が必要なのは同じことか」
友人、という言葉にディアッカは紫色の目を見開いて、目の前の高飛車な主席の少年の顔を見た。
「何を驚く? 俺は貴様を認めると言っただろうが。自分が認めた人間以外はただの雑魚だ。だが、認めた人間ならば友人として扱うのは当然だろうが」
その言葉の無茶苦茶さ加減にディアッカは噴き出した。『友人』と言っておきながら、『貴様』と呼び捨てにし『扱う』という・・・。そのおかしさに本人はまるで気づいていないらしい。だがそれはイザーク・ジュールが他人を認めたことが初めてであることの証に他ならないのかもしれない、とディアッカは思う。だとしたら相当に名誉なことだし、たとえ呼び方が『貴様』であってもまんざらでもなかった。
「何がおかしい」
「いや・・・、まさかアンタに友人扱いされるとは思わなかったんで。ふぅん、悪くないね」
人を上から扱うイザーク・ジュールにディアッカも媚びるつもりは毛頭ない。ぞんざいな言葉遣いにエリートとして扱われることに慣れている少年は気を悪くした様子もなかった。
「でもさ」
言うなりディアッカは目の前に立つイザーク・ジュールにいきなり拳で殴りつけた。油断していたらしいイザーク・ジュールはもろにそれを左の頬に喰らう。倒れるのを堪えたイザークはいきなりの出来事にキッと視線をディアッカに向けた。
「何をする・・・っ」
「やられたままってのはオレの主義じゃないんでね。2発くらったけど1発で我慢しとくよ。なんたって『友人』だしな」
そう笑ったディアッカにイザーク・ジュールは何も言わずにじくじくと痛む頬に顔をしかめるだけだった。視線を上げて、ディアッカはまっすぐにコンタクトで覆われた、本来は青いはずの瞳を見つめた。相手もそれを外すことなく、ただ黙ったまま睨み返してくる。
彼は逃げない。
きっとどんなことがあっても。
改めてそう思ったディアッカはふっと表情を緩めた。すると相手も同じように緊張を解くと黙ったまま背中を向けて歩き出す。
気がつけば遠くで昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴っていた。
遠ざかっていくエリートの背中を見ていたディアッカに、不意に立ち止まったイザーク・ジュールは振り返った。
「一つ言い忘れた。貴様の肌と髪の色・・・俺は嫌いじゃない」
そう言ってニヤリ、と笑った彼はディアッカをその場に取り残すと、そのまま廊下へと続く階段の入口へと消えていった。
「嫌いじゃない・・・か」
ぽつり、と呟いたディアッカは後を追うように屋上を後にした。
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