自分の視線の下で脇腹を押さえているディアッカ・エルスマンに、イザークは何故自分がこんなに苛立っているのかわからなかった。
 彼の言ったことは確かに衝撃的だった。だがコーディネイトの失敗というのは普通に聞く話だ。遺伝子操作をしたといっても試験管の中で培養するのとはちがい、母親という生身の体に受精卵が戻されるために、すべてのコーディネイトが成功するとは限らない。操作される箇所が多ければ多いほど、そのリスクは高くなる。
 エルスマンの跡を継ぐ者としてコーディネイトをされたのならば、より高い能力を求められているはずだ。それだけにリスク管理も厳しくされているはずだが、それが肌の色を変えてしまうとは・・・。
 イザークは母親の望んだ通りに生まれてきたのだ、と小さい頃から聞かされていた。それだけに注がれる愛情は限りなく、幼い頃から自分は母親に愛されるのは当然だと思っていた。だから自分は母親の望むとおりにエリートとしてプラントを率いる側の人間にならないといけないと思い続けてきた。
 それがもし、望まれたとおりに生まれなかったらどうなっていたのだろうか。
 想像をめぐらしてみても答えはでそうになかった。自分の環境と彼の環境はまるで違うだろうし、そもそも自分と彼は性格だって違う。自分だったら責めても仕方のないことは割り切って、逆に高い能力を生かして親を黙らせるくらいのことをしているだろう、と思う。
 そう。
 彼は能力の高い人間だ。コーディネイトが失敗したと言われたとしても、それは肌の色に関してのみなのだろう。でなければ、自分と対等に何かをするなどできるはずもない。
 イザークは飛びぬけて能力が高い。コーディネイターの世界でもまれに見る優秀さはそうそう敵う人間などいないほどだ。そのイザークと目線だけで一瞬に理解しあい、互いに邪魔になることなく最良の方法で窮地を脱することができた。あれは間違いなくディアッカの高い能力を示していた。そもそも、廊下でチャウ・メイを殴りつけているときに仲裁に入ったディアッカが自分の拳をかわしたことだって、普通ならありえない事態だ。イザークはそんな人間に会ったことがなかったから、最初こそディアッカのしたことに腹を立てたが、よく考えて見れば貴重な存在だ。
 なのに、そんな貴重な人間が肌の色が予定と違って生まれたという、ただその一点を理由に遊び歩いて、あまつさえ女に物を買わせているようなことをしているというのが信じられなかった。彼の優れた能力からしたら、肌の色なんて取るに足らない一要素に過ぎないというのに。
 いや、その肌の色だって、イザークにしてみれば気になるような色ではなかった。むしろ自分の肌の色は日に焼けてもそれが残ることがないほどに色素が少なくて、小さい頃は真夏に小麦色に焼けている肌をうらやましいと思っていたくらいだから、彼の、ディアッカの褐色の肌は失敗だと聞かされなければそうコーディネイトしたものだと思えるほどだ。
 なのにそれが彼を後ろ向かせているというのが、またイザークには気に入らなかった。

 視線の下で、ディアッカ・エルスマンはその紫色の瞳でイザークを睨むようにして見上げている。その目はまっすぐと自分を向いてそらすようなことはなかった。イザークがディアッカに他のやつらとは違う印象を抱いたのはこのまっすぐな目も理由の一つだった。
 たいてい初対面に近い人間は、イザークのことを恐れて視線を合わせようともしない。慣れた頃になると逆にイザークのバックグラウンドと優秀さを理解して媚びるように顔色を伺うような視線を向けるようになるのが大抵だった。だから自分のことを恐れもせずまっすぐに睨んでくるという点に関してイザークは間違いなく好意を抱いていた。

 けれど、イザークは自分の思っていることをどうやって伝えたらいいのかわからない。ただ、イライラした気持ちをそのままに、考えるよりもさきに殴りつけていた。
 本当はそんなことするよりも方法はいくらでもあるのかもしれない。
 でも、今のイザークにはぐたぐたいってる奴は殴ってやる、という選択肢しか見つけられなかった。それで、彼が目を覚ませばいい、とどこかで少しだけ願いながら。




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