しばらくディアッカはそんなことを考えていたが、それよりも自分を見下ろしているイザーク・ジュールの存在を思い出し、その態度が気に触った。
「・・・で、だとしたらどうなんだよ?」
 開き直ったディアッカが薄く笑ったその瞬間、イザーク・ジュールの拳が鋭くディアッカの頬を捉えた。
 ガッ、と鈍い音がしてディアッカはバランスを崩す。それでも高い身体能力をもってギリギリでバランスをとって膝を衝くのを堪えた。
「何しやがるっ」
 キッと睨み上げるディアッカを見下ろしてイザークはふん、と鼻を鳴らす。
「寝ぼけているようだから起こしてやろうと思ってな」
「寝ぼけてる、だとっ?!」
 口の中に広がった鉄の味がディアッカからいつもの飄々とした仮面を剥がしていく。ゆっくりとディアッカは立ち上がった。
「あぁそうだ。肌の色ごときでガキみたいにいじけてるようだったから、一発喰らえば目が覚めるかと思ったんだが・・・無駄だったか?」
 楽しそうに言うイザーク・ジュールにディアッカはカッとなる。
「肌の色ごときだとっ!てめぇに何がわかるっていうんだ!親そっくりの完璧なコーディネイトの面しやがって! 」
 間をおかずイザーク・ジュールに向かってディアッカは殴りかかった。だがそれをイザーク・ジュールは難なく避けて逆にディアッカに拳を返す。ディアッカがそれを喰らうことはなかったが、イザーク・ジュールはふん、と薄く笑った。
「この前は不意打ちだったが、同じ相手に二度もやられるつもりはない」
 なおもイザークに殴りかかるディアッカの腕をイザークは避けて体を仰け反らせた。
「・・・っ」
 振り向きざまにしなやかに腕を伸ばして、イザークは自分を殴ろうとした腕を取った。
「この俺でも避けるのが精一杯とはな・・・。これだけ高い能力があるというのに貴様は何をしてるんだ」
 つかまれた腕とイザーク・ジュールの顔を見比べてディアッカは鋭く睨みつける。
「何をしようとテメェには関係ないだろうが」
 言うと同時にぶんっ、と腕を振り切ってディアッカはイザーク・ジュールから距離をとった。
「たしかに関係ないが、許せない」
「許せないだと?」
 意外な言葉にディアッカはイザーク・ジュールの顔を見る。
「あぁ、貴様はコーディネーターを何だと思ってるんだ?」
 両腕を組みフェンスに寄りかかりなおしてイザーク・ジュールはディアッカに聞いた。
「何って・・・んなの知るかよ」
「ふん、まぁ貴様のような人間は考えたこともないだろうがな。だからそうやっているんだろう?」
 回りくどい言い方にディアッカはイライラする。イザーク・ジュールの性格ならば、ストレートに物を言うだろうに、わざとそうやってディアッカをイラつかせているようだ。
「何なんだよ、はっきり言えよ」
「コーディネーターは高い能力をもってこそ、その存在意義がある。外見なんて副産物にすぎない。実際、ジョージ・グレンは外見の要素をいじってはいなかったしな。肌の色を気にするなど、地球の古い時代の人種差別思想じゃあるまいし、下らん」
 キレイな顔でイザークはディアッカを見る。その切れ長の澄んだ目は確信に満ちていた。
 事実、コーディネーターは高い知能、身体能力を得ることを目的としてDNAを操作したのがその始まりだった。それが外見の要素を親の好みに変え始めたのは、研究も進み環境も整った第二世代に入ってからだ。
「うるせぇ、黙れッ!てめぇはどうせそのまま親の敷いたレールに乗って一直線なんだろ、親のコピー人間が! さすがエザリア・ジュールだよな。市民だけじゃなく自分の息子も洗脳してんだから」
 ディアッカが笑ったその瞬間、イザーク・ジュールがディアッカに蹴りを喰らわせた。ディアッカでさえ避けることが出来なかったほど素早い、本気の蹴り。脇腹を押さえてディアッカは床に膝を衝く。
「母上のことを悪くいうことは許さん!俺は洗脳などされてない!自分で考えて自分の人生を決めるだけだ。何も考えてない貴様と一緒にするな!」
 さらに殴りかかろうとするイザーク・ジュールをディアッカは足を払うことで遠のける。バランスを崩しかけたイザーク・ジュールは抜群の運動神経で片手を突くと同時に飛び上がって態勢を立て直し、間髪おかず襲ってきたディアッカの拳を無理やりになぎ払う。そして背中を向けたディアッカに、立ち上がってイザーク・ジュールは上から見下ろした。







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