「やっぱりここにいたか」
 屋上に上がったイザークは以前と同じ場所に寝ているディアッカ・エルスマンを見つけてそういった。
「んあ? あぁ、あんたか」
 上から降ってきた声にディアッカは閉じていた目を開ける。その声が誰だか確認するまでもなかったが、目の前には予想通りの顔があった。
 イザーク・ジュール。
 今日はコンタクトをしているらしく瞳の色は漆黒だった。その上にサラサラの銀の髪が揺れている。
「なんか用?」
 気だるそうに言って起き上がるとディアッカはポケットからタバコを取り出す。それを口にすると慣れた手つきで純銀のライターで火をつけた。
「用がないとここに来たらいけないのか」
 タバコを吸うディアッカを睨みながら、イザークは言った。プラントではタバコは嗜好品とされていて特に禁止はされていないが、そんなものを必要とする人間は優秀な人種にはなく、ろくでもない奴だとみなされるのは地球と変わらなかった。
「そんなことないけどね。あんたがここにいたか、って言ったから」
 イザークはディアッカの指摘に口をつぐんだ。
 確かに自分はディアッカ・エルスマンがここにいるだろうと踏んでやってきたのだが、考えてみれば取り立てて用事などなかったのだ。3日前にショッピングモールでテロに遭遇したあと週末を挟んでしまったせいか、あの前日にあった出来事も次の日屋上にやってきて何かを言おうとしていたことももうすっかりどうでもよくなっていた。
 一方のディアッカはイザーク・ジュールがここにやってきたことが素直に嬉しかったし、手ごたえも感じていた。このエリートはきっと今まで自分以外に関心などもったことはないのだろう。その彼が自分を探してここにやってきたというのは大きな収穫だった。あの別れ際、エリートなら軽蔑するようなことを言ったのにそれでも自分に声をかけてきたというのだから、よっぽど彼にとって印象が強かったのだろうか。それともエリートは説教でもしにきたのだろうか。

 あの日、屋上で自分を起こしたイザーク・ジュール。あのとき自分は何かを感じた、と思ったのに日が経つにつれそれが何だったのか曖昧になってきていた。ただ、とにかく自分の中で彼の印象が強く焼き付いたのと同じように彼の中に自分の印象を強烈に残してやりたいと思っていてそれは廊下で仲裁した一件によって達成できたはずだった。けれど、その後でテロと遭遇して、ディアッカのイザーク・ジュールに対する印象は変わっていた。あの瞬間に感じた高揚感は何ともいえない不思議な感覚だったのだがそれがどういう種類のものなのかはディアッカにもよくわからない。ただとにかく楽しかったというだけで、だから自分はどうかしたいというわけでも、彼に何かをして欲しいというわけでもない。
 何より、実際に彼が自分の前にこうしてやってきてしまったら、なんだかそれだけでよくなってしまった気さえする。



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