週末の休みを挟んで、久しぶりに学校にやってきたディアッカは昼休みに屋上に来ていた。
 あのイザーク・ジュールの拳を止めたというのでクラスメイトの奴らは彼をあからさまに遠巻きにしていたが、ディアッカにはたいした問題じゃなかった。それよりも彼の中に強烈に残っているのはショッピングモールでテロに遭遇したときのことだった。
 ディアッカはいろいろと危ない経験をしているけれど自分と同じくらい身体能力の優れた人間になんて周りにいたことがなかった。自分が助けた子供を預けるなんていうことは、自分より能力の劣る人間に負担を押し付けるだけになってしまうから今までならありえない選択だった。これまでディアッカは人の面倒を見ることはあっても自分が誰かに助けられるなんて経験をしたことはなかった。
 だからあの瞬間の、何も言わないでも彼のしようとしていることがわかったという、ワクワクした気持ちは新鮮だった。
「やっぱ違うよな、実際」
 コーディネーターの社会は実力が全ての世界だ。より能力の高い人間を生み出そうとした結果、プラントが生まれたことを考えればそれは当たり前のことなのかもしれないが、ディアッカはそんなことを気にしたことはなかった。それは自分がいつも周りの人間よりも上にいたからかもしれない、とイザーク・ジュールと出会って思わされた。能力の違いというのはどうしようもなくて、それは努力なんてものじゃどうにもならない。けれど、ディアッカは自分の能力のことなんてさして気に留めたこともなかった。だが初めて相手に気を遣う必要もなく、対等に渡り合えるイザーク・ジュールという人間に出会って、やはり高い能力を持つ人間はそれだけで価値があるように思えてしまった。ああいう場面で生き残れるのはより高い能力を持つ人間だ、と。自分ひとりだけでいたならそんなことは考えもしなっただろう。だがイザーク・ジュールが自分と同等の能力があったからこそ、自分も彼も、そして助けた子供の命も助かったのだ。
 そしてそういう世界を、優れた人間が選ばれていくシステムを当然のものとして生きる人間もいるのだと、彼は存在そのもので示していたようにディアッカは思う。全てを当たり前だと思っているから媚びることもなく、卑屈になる人間の心理なんて理解もできないから曲がったことを認めない。けれど、それを周囲に認めさせるだけの能力があるから、周りに何も言わせず、あの性格で今までやってこられたのだろう。力のある者は全てが違うのだ、とまっすぐな瞳で、物事を見抜くような彼の視線の前でディアッカはそう思わずにはいられなかった。
 まっすぐに生きてきたイザーク・ジュールは外見だけじゃなくまぶしいくらいの人間だ。この学校に転入してこなければ出会うこともなかったかもしれない。そして、その人間と言葉も交わすこともなくあんな現場で一瞬で通じ合えたということは、ディアッカにとって面白く思えた。たぶん、自分より彼の能力はずっと上なのだろうけれど、それにしても、同じくらいの能力の人間が回りにいたことがなかったから、対等にわたりあえる存在というのはひどく魅力的に思えた。自分が遠慮や手加減する必要なく何かをできる関係というのはあんなに楽しいものなのか、とディアッカはあの日以来ずっと考えていたのだ。
 けれど、その一方で潔癖なお坊ちゃんには、自分みたいに優等生とは真逆の、遊んでいるような人間はきっと許せないだろうから、もう口を利きたくないとくらい思われてるかもしれないとも思っていた。
 一度くらい本気であいつと組んで何かやってみたかったな、とディアッカは思い、食べ終えたサンドイッチの包みを脇に置くと、コンクリートの上にごろんと横になった。




20

⇒NEXT