家に帰りついたイザークはディアッカ・エルスマンのことをずっと考えていた。
 結局テロ騒ぎで買い物どころではなくなったが、そんなことはどうでもよくなっていた。
 そして、寝転んだベッドの上であの瞬間を思い出す。
 目と目が合っただけで相手の言いたいことがわかったのだ、間違いなく。
 イザークはあんな場面で、自分以外の行動を心配しなかった経験なんてしたことがなかった。たいていはいちいち指示をしてやらないと動けないようなマヌケばかりで、あの場面だったら、普通のやつなら自分が避けるのと同じ方向に二人同時に飛んでしまって着地に窮するなんてのがせいぜいのはずだ。だが、ディアッカ・エルスマンとは一瞬視線が合っただけで、自分の意図していることを相手が理解したというのがわかった。そして彼が自分を邪魔することもなく、無事に避けきれるだろうことも当たり前のようにわかったのだ。果たしてそれはそのとおりになり、お互いに必要以上の怪我をすることもなく、あの子供を助けることもできた。
 あのときの気持ちをイザークは思い返した。緊迫した場面だったはずなのに、何故かスローに感じられたあの一瞬。自分は気がついたらアイツの名前を呼んでいて、あの紫色の目と視線が合って、そのときに自分の気持ちは確かに高揚していた。
 何故だろう、と思う。
 まるで難易度の高い課題を一人だけクリアしたときのような、でもそんなつまらないものじゃないという気もする、不思議な気持ち。けれどその理由はいくら考えてもイザークにはわからなかった。
「くっそ!」
 収まらない苛立ちにガシャガシャとキレイな銀色の髪をかきむしると、イザークは起き上がって壁際の通信パネルに手を伸ばした。

『あら、イザークさん、お久しぶりです。お母様なら会議中ですよ』
 画面の向こうで母親の秘書である女性が微笑んだ。
「お久しぶりです、ミス・ジュリエッタ。実はあなたにお願いしたいことがあるんだが、いま構わないだろうか」
 珍しくお願いなどと子供らしいことを言う雇い主の息子に秘書はなにかしら、と用件を促した。必要以上に子ども扱いもせず、かといって雇い主の息子は自分と雇用関係はないから、「様」と呼ぶことはしない、この女性のこういうところがイザークは好ましいと思っていた。
「エルスマン家の・・・タッド・エルスマンの息子について知りたいんだが、あなたなら何か知っているかと思って」
 意外な内容にジュリエッタは目を丸くした。確かにタッド・エルスマンには息子がいてイザークと同じ歳だが、この少年がそういったことに興味を持つなど今までなったのだ。
「えぇ、一応全ての議員の情報は調べてありますよ。珍しいわね、イザークさんがそんなことを知りたがるなんて」
 率直に画面に向かって言いながら、ジュリエッタは手元のキーボードを軽やかに叩く。
「・・・その息子というのがうちの学校に転入してきたんだ、だからちょっと・・・」
 言葉を濁すイザークにますます珍しいものを見た、という驚きを顔には出さずにジュリエッタは言う。
「わかりました。データを送りますね。確かにイザークさんと同じ歳でしたよね、彼は。お友達になったんですか」
 友達という言葉にイザークは大げさなほど首を左右に振って見せた。
「いや、そうじゃない。ただちょっと気になることがあったから・・・お手数かけてすまなかった、感謝する」
 子供らしくない言葉で締めくくってイザークは通信を慌てて切った。それと同時にジュリエッタはデータの送信ボタンを押した。そしてエルスマン議員の息子の噂を思い出し、イザークに送ったデータと同じものを開いてみると、それを少し読んで楽しそうに笑った。
「この子があのお坊ちゃんの気に触るようなことでもしたのかしら」
 母親の愛情を過度に受け、エリートとして育てられたお坊ちゃんはまだ世間を知らない分プライドの高さが鼻につくようなところがある。それがこの正反対ともいえる少年に興味を持ったというのだから、何かあるだろうなとジュリエッタは思ったのだった。



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