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 ディアッカは学校をサボった。
 転校してから9日。もうそろそろまじめに通うのも疲れてきた頃だった。何よりも、昨日あのイザーク・ジュールの拳を止めたというのが大きかった。今まで負けたことのないエリートにとってあの出来事は強烈なはずだ。きっと昨日の今日でイザークは自分に会うために昼休みは屋上に来るんだろうと予想はついたがディアッカは敢えて学校には行かなかった。強烈な印象は繰り返す時間をおくことでより鮮明に焼きつくからだ。
「忘れられなくなってもらわないと」
 そう言って家を出たディアッカは学校とは別の道を歩く。警備のいいお坊ちゃん学校といっても、敷地に入ったらの話で登校しない生徒についてはあれこれ言われることはなかった。プラントは良くも悪くも個人主義が確立していて、学校に来ない人間がその理由を追及されることなどあまりない。それに今回はまだサボりの初日だ。その辺りまで充分に計算しているディアッカは足取りも軽く街中に繰り出していった。

「はぁ、腹減ったかな」
 途中で着替えたディアッカはゲームセンターで時間を潰していた。さすがにあのお坊ちゃん学校の制服でフラフラするのはいろんな意味でリスクが高いから私服に着替えたのだ。だが、別に何かをしたいということがあったわけではないので、ゲームもすぐに飽きてしまった。
 時刻を見れば11時過ぎ。しばらく考えてからディアッカは携帯電話を取り出した。メモリーの「オンナ」というフォルダの中を検索し始める。
 街中で遊んでいるときにメシや服の代金を自分で払うという感覚はディアッカにはなかった。別に金に困っているわけではない。世間体を気にしている父親が与えたカードの限度額は上限なしだった。ゲーセンで遊んだりファストフードで食うくらいの小銭は自分の金を使うが、そんなこともまれだった。それよりももう10日近くオンナと遊んでいない、そっちの方が限界なのだ。ディアッカは年頃の少年だったし、転校するまで人一倍お盛んだったのだ。メシとベッド、その両方をまかなえる相手を探し出す。ディアッカの遊ぶ相手は年上ばかりで、10歳以上の年上の女性も当たり前だったし、金持ちの人妻もいた。同年代の女はすぐに本気になってしまうから、体だけの関係しか必要としないディアッカには重たすぎるのだ。その点、年上の女は経験も豊富だし、プライドが邪魔して年下の少年に振り回される自分というのを嫌うから本心はともかくとして、さばさばとした関係を築きやすいのだ。そしてそういう女たちはディアッカの体にメシや服を支払とばかりに与えてくれるのだった。
 数十件のメモリーの中から選んだ欄には名前ではなくミセス3とある。このオンナは平日の昼間の時間をもてあましているらしく、今のディアッカの希望にあう存在だった。そして発信ボタンを押すとすぐに相手の声がした。
「あ、オレだけど。ねぇ、今日って暇?」
『あら、久しぶりじゃない? どっかで痴話げんかに巻き込まれて刺されているかと思ったわ』
 艶のある声で30代前半の女が笑った。
「嫌だな、こんな育ちのいいオレに向かってそんなこと。腹へってるんだけど、メシ食いたいなーと思ってさ。デザートはオレでどう?」
 するとしばらく間をおいて女が答えた。
『いま、ネイルをやってるから、40分くらい待つことになるわよ?』
「え、予定あったの? ならオレ別にいいけど」
 ディアッカの答えに電話の向こうで女がくすくすと声を立てて笑った。ネイルの手入れをしていることが、人妻が約束に出かける前の身だしなみだと気づく少年がいるだろうか。
『いいのよ。クラシックのコンサートに誘われていたけれど、どうせ退屈だから断るわ。じゃないと次にいつ電話が鳴るかもわからないでしょう』
「酷いなー、まるでオレが不義理みたいじゃない?」
『違うなんていわせないわよ。それよりいつもの部屋にいて頂戴ね』
 ディアッカの容姿は目立ちすぎて、ホテルのラウンジにいられると周りの視線が集まりすぎて、こういう関係の待ち合わせには不向きなのだ。女の要求にディアッカは笑ってこたえる。
「それじゃデザートじゃなくて食前酒になっちゃうぜ?」
『それもいいわ、食事をおいしく頂くには必要なことよ』 
 そう笑って電話は切れた。ディアッカはポケットに携帯をしまうと高級ホテルの一室を目指す。部屋番号は指定されなかったが、いつもの部屋とは女が一年中借り上げているスイートルームのことだった。








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