そろそろ日付も変わろうかという時間帯、エルスマン邸の玄関のドアはひっそりと開錠された。執事もメイドも自分の時間を過ごしているであろう時刻にそんなふうにして家に入る人物はこの家では一人しかいなかった。
キッチンに入るとディアッカは冷蔵庫の中をあさる。きちんと揃えられたいくつかの銘柄のビールと、主の息子が遅く帰宅して酒を飲むことを知っているシェフが用意しておいてくれたオードブルの盛り合わせ一人前の皿を抱えるとディアッカは誰もいないリビングのソファに座り込んだ。ビールをグラスに注ぎながら、さっきまで会っていた女のことを思い出す。
胸の形はよかったけど、喘ぎ声がいまいちだったな。17歳って言ってたけど、とうに20歳は過ぎてそうな肉のつき方だったし・・・。ま、どーでもいいけど。
そしてテレビのリモコンを操作してなんとなく番組を次々と切り替える。別に見たいわけじゃなかったが、音がないのを紛らわそうと思っただけだった。
そんなディアッカにリビングのドアを開けると声をかけてきた人物がいた。
「ディアッカ、新学期から転校しろ」
こんな時間まで何処に行ってたんだなんて、無駄なことを聞かないのは、放任主義と言えば聞こえのいい子供への無関心の結果だった。最低限の連絡事項だけで成り立つ会話がもう何年も続いているが、ディアッカはそれを寂しいと思うには早熟すぎていた。わずらわしくないだけ都合がいいくらいだ。
確かずいぶん前に、評議員に選出されたら警備のいい学校に転向させると言っていたな、とディアッカはあいまいな記憶を呼び起こす。それに最近クラスメイトの誰かが、お前もついに評議員のお坊ちゃんだな、と言っていたような・・・。政治なんて面倒くさいものに自ら身を投じる気がしれないと思いながら、こいつがプラントを操る側にまわるのかよ、と冷めた感想が胸のうちに浮かんだ。
「めんどくせーから、今のままでいいだろ。親が誰だって関係ねーし」
ぶっきらぼうに言い放つがそれはあっさりと切り捨てられる。
「そう思ってるのは本人だけだ。評議員の家族はテロの格好のターゲットだからな。そんなところで足元を掬われるわけにはいかんのだ。手続きはもう済ませてある」
所詮、自己保身の一環かよ、とは思うものの、あと半年で13歳になるとはいえ、未だに扶養されている立場の人間にはそれに反対する権利も力もあるはずがなかった。
用件だけ告げると父親という肩書きの同居人は自分の書斎へと戻っていく。
「・・・めんどくせー」
警備のいい学校とは、要するにお坊ちゃん学校だろ、とディアッカはこの先に待つ息苦しい生活を思って大きなため息をついた。
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