2ブースの間隔を空けて二人は並んで立っている。20M離れた向かいでターゲットが次々とポップアップする。設定のレベルは最上級。ただ上下するその的の円の中に撃つだけでも一般の兵士には難しい速度だ。だが、イザークはもちろんディアッカも外すことなく次々とターゲットの中心近くを撃ち抜いていく。
パンパンパン・・・!
「ほぅ・・・」
どこからともなくため息が漏れる。
イザークの優秀さを知っている隊員たちもMS戦闘はともかくとして、実際にイザークが射撃をする姿など見たことない者がほとんどなのだ。その美しい容姿で凛として構える姿だけでも充分に魅了するものがあるが、その的確な射撃の腕になおさらに空気は張り詰めていった。
それを背中に感じながらディアッカは表情を変えずに的に向かっている。
一瞬、イザークはディアッカを視線だけで盗み見る。ブースの仕切りの上から金色のくせ毛だけがわずかに見えた。
イザークとしてはディアッカを評価してはいるが、よく考えてみればきちんと勝負したことなどなかったのだ。アカデミー時代、ディアッカはいつも手を抜いていたし、イザークはイザークでアスランばかり相手にしていたから本当のところ実力がどうなのかなんてイザークは考えたこともなかった。けれど、こういう状況になってみたら、勝負してみるのもいいかと思った。ジュール隊でダントツに腕のいいシホに挑まれた勝負もあっさりと片付けてしまったし、もしかしたら、ディアッカの実力は自分とほとんどかわらないんじゃないだろうか。いつも自分をフォローしてばかりいるこの男の実力を自分はきちんと知らないんじゃないだろうか。ならば試してみるにはちょうどいい機会だ。そう思ってイザークは勝負を持ちかけたのだ。
パン、パン・・・!
ディアッカも正確に的を撃ち抜く。
ミスはまだない。
パターンが変わって人型の的がランダムに右に左に走り抜ける。それにも次々と照準を合わせてトリガーを引いていく。
何だってイザークと勝負なんて、とディアッカは内心毒づく。けれど、真剣な顔で的に向かうイザークは不謹慎かもしれないけれど酷く色っぽい。いつもアスランにしか向いていなかった勝負を挑む顔が自分に向けられているのかと思うと、少しだけ嬉しくなった。
あの頃、アスランとイザークの勝負なんて飽きるほど繰り返されていて、途中からは何も感じなくなっていたけれど、最初の頃はアスランへの異常なほどの執着に嫉妬したことがあったのも事実だった。それが自分への感情とはまったく別のものだと理解してはいても面白くないと感じるのは止められなくて、つまらないケンカしたこともあった。それもきりがなくて、自分が嫉妬することを投げ出したときから、イザークのライバルはアスランだけという図式は確固たるものとなったのだが、実際、イザークのライバルに立ってみるというのは面白いことなのかもしれないと思う。全力で挑んでくるまっすぐな瞳。それを自分だけが受け止めることが許されるというのだから、考えようによっては贅沢な立場なのだ。それが思いがけずイザークが勝負を挑んできたことによってこの場だけとはいえ自分のものになってしまった。そんなことに喜びを感じている自分に呆れながら、それでもディアッカは意外なほどまじめに銃を撃ち続けていく。
「ふぅ」
ターゲットの出現パターンの変わり目、わずかな時間にディアッカは小さく息をついた。
ディアッカとしてはイザークが望むなら射撃の相手くらいしてやってもいいのだが、他の隊員が見ている前だというのはいただけない。手を抜くことをイザークが嫌うとはいえディアッカの性格上、終始真剣に遣り通すというのはどうにも肌に合わない。どのみちこの勝負なんて最初から結果のわかった出来レースだ。だから適当に手を抜きたいという思いがあるのも本当のところなのだが、やたら優秀な周囲の視線がそれを許さない。二人きりで勝負しているならイザークが集中しているときに意識して的を外すくらいしてしまえるのだが、ギャラリーがいるとなるとそうもいかない。万が一手抜きを指摘されてしまって、それをイザークに知られたら、おそらくこの場で冷静な振りをするのだろうが、その分あとで二人のときに倍増した怒りを無茶苦茶にぶちまけられたらたまらないからな、とディアッカが思っていると、ターゲットの速度がまた一段と上がった。
ちっ。
あからさまに下手くそな振りはできないから、そうそう気を抜いてもいられない。面倒だな、ディアッカはそう思って弾丸を装てんしなおした。
カランッ。
パン、パン、パン、パン、パンッ。
イザークのブースから入れ替えて投げ捨てられた弾倉が音を立てて床に跳ねる。それと同時に連続して的を射抜く乾いた音が響いた。
ディアッカも同じように高速の的を次々と狙い撃ちにする。先ほどまで訓練規定をこなしていたことが準備運動になったのか、今日のディアッカはいつにも増して調子が良かった。今のところミスはなくパーフェクトだった。
パーフェクトが趣味のイザークとは違うけどさ・・・。
狙ったことがないとはいえ、狙ったとしてもそうそう出るものじゃないのだ、パーフェクトなんて。それがもしかしたら狙えるかもしれない・・・。
そう気づいたディアッカは気持ちを切り替えた。
どうせイザークだってパーフェクトを出すのだ。ならば自分がそれを狙っても問題はないはずだ。きっとどこかでずれるくらいするだろうから、イザークの勝ちは変わらないのだから。少しくらい狙ってみてもいいだろう。せっかくイザークのライバルの立場に自分は今いるのだから。
そう決めたとたん、ディアッカは銃を握りなおす。
前後左右にランダムに現れる人型のターゲットに寸分違わず弾丸が吸い込まれるように消えていく。
二つのブースから飛んでいく弾は、キレイに弾道を描いて的の向こうに流れるように消えていった。それが一度も止むことなく、最後の局面になる。
そのときだった。
ざわざわっ。
イザークの弾がわずかに中心を外した。それはほんの数センチほどの狂いだったが、デジタルのリザルトボード、パーフェクトの表示が消えた瞬間、息を呑んでいたギャラリーがざわめいた。
だが、ヘッドフォンをしているディアッカは自分の的に集中していてそれには気づかない。それまでと変わらず正確に射撃を続けていく。
そして----。
プログラムされた全てのメニューを終えたとき、目の前に表示されたのはディアッカのパーフェクトとイザークの1ミス。その差はわずか1ポイントだったが、視線をあげて目に入った信じられない内容に慌ててディアッカはヘッドフォンを外した。
「イザーク!?」
呼ばれた白服の隊長は、忌々しげに蒼い瞳でディアッカを睨む。
「お前の勝ちだ」
短くそれだけ言うと、銃を置いてその場を去ろうとする。
「おい、待てよっ、何で・・・っ」
イザークがミスをするなんて、いつも傍にいるディアッカでさえあまり見ないのだ。アスラン相手の緊迫した場面ならともかく、相手は自分なのだ。緊張していたとも思えない。だから何があったのかとディアッカは慌てる。
「俺のミスだ、指が一瞬浮いた。最近撃(や)ってなかったからな」
だが言われたイザークは負けたとは思えないほど、穏やかな顔だ。
「ミスって・・・」
その表情に驚きながらディアッカは鸚鵡返しにつぶやく。
「昔もよく1ポイント差でアイツに負けてたが、ほとほと成長してないな、俺も」
すでに隊長としての顔を取り戻したイザークは、小さく言うとギャラリーを振り返らずに射撃場を後にする。
「おい、待てって」
慌てて、入口の向こうに消える白い制服を追いかけてディアッカは銃もヘッドフォンもそのままに床を蹴って走り出す。
「シホちゃん、悪い」
声だけで謝りながら、余裕なく出て行く副長に「了解です」と応じて赤服の少女はその後姿を見送る。まったく、あの副長は隊長相手の勝負に自分が勝ったことなんてすっかり忘れ去っているのだから。あの二人の間に勝ち負けなんてきっと何も関係ないのだろうなと二人の強い絆を思ってシホは微笑んだ。
廊下の先を行くイザークに追いついたときは、もうすっかり居住スペースに入っていた。
「イザークってば・・・!」
ようやく追いついて白い制服を掴まえると、ディアッカは荒く息をついた。
「訓練規定は終わったのか」
「そんなの・・・! それよりどしたんだよ、イザークらしくないぜ」
勝負と名の付くものに負けてケロリとしているなんて、自分が化かされているんじゃないかという気さえして、ディアッカは問い詰める。
「負けは負けだ。まさか俺がアイツに負けたときみたいにわめき散らすとでも思ったのか」
もうそんなことは卒業した、と言外に込めてイザークは笑う。
「いや、そーじゃないけど・・・」
余裕の表情に肩透かしを食らった気分でディアッカは大人しくなる。その様子にイザークはなおさら可笑しそうにしながら、緑の軍服の副官をぺしり、と叩いた。
「勝ったくせに何慌ててんだ、お前」
「え、いや・・・」
すっかり調子を狂わせたディアッカは大人しくなってしまった。そうしている間に二人はイザークの部屋の前に辿り着く。黙ったまま部屋に入っていくイザークにディアッカはついていった。
だが、その部屋のドアが閉じた瞬間にイザークの態度は急変した
ガンッ、ときつく握り締めた拳を壁に叩きつけて悔しそうに顔を歪ませる。
「イザーク?」
「・・・・うるさいっ」
「・・・っ、あははは・・・!!」
事態を理解したとたんにディアッカは笑いだす。
なんてことはない、部下に見られる可能性がある場所では感情を爆発させるのを我慢していただけの話なのだ。
「…だよなぁ…」
いくら隊長になったからといってあの性格が治るわけないのだ。イザークの核とでもいうべき負けず嫌いがそう簡単に綺麗さっぱりなくなられては、自分ばかりが成長しないで取り残されたことになってしまうではないか。
そうディアッカが思っていたことなど、露も知らないイザークは自分んを笑ったディアッカにきつい視線を投げ付ける。
「何?」
言いたいことがあるなら言ってよとばかりに聞き返したディアッカに、けれどイザークは何も言えなかった。下手なことを言えば、墓穴を掘るだけなのだ。だが、久しぶりに勝負をした相手に負けたという事実は、しかも相手がディアッカだということがイザークの感情をなかなか押さえてくれなかった。
何も言わないままぎりぎりと睨み付ける青い目にディアッカは根負けして苦笑する。
「わーかったよ。本でも枕でもカップでも投げていいからさ、すっきりしなって」
思いがけず勝ってしまった自分にもきっと責任はあるのだから、片付けくらいはしかたないだろう。昔のようにしたならイザークの機嫌は治るだろうから…そう思ってディアッカは言ったのだが、返ってきたのは予想もしない反応だった。
ぐい、と軍服の袖をつかんでディアッカを強く引き寄せるとそのままイザークはディアッカに強くキスを押し付けたのだ。
「!」
驚きに紫の瞳を見開いて一瞬、凍りついたディアッカから離れて、睨む蒼がニヤリと笑う。まるでその顔を見られて満足だ、とでも言いたげに。
「馬鹿にするな、いつまでもそんなことするわけないだろうが。お前も俺も忙しいんだ、片付けなんかに時間を取ってる暇はない」
「だからって・・・」
無理やりに奪われた唇を手の甲でなぞりながらディアッカは目の前のイザークを見る。
「ストレスを発散できるなら、物に当たる以外、何だって同じだ」
澄ましていう隊長は自分のしたことを理解しているのだろうか。
「これが、発散になるって?」
「なるだろ。お前の驚いた顔みたらな」
ふん、と鼻で笑っていうイザークは悔しいけれど、余裕たっぷりで何よりキレイだった。
「っははは・・・ったく!」
突然ディアッカは笑った。
「完敗だよ、ホントお前には敵わない」
あんな顔見せるようになったなんて、全然知らなかった。軍服だけじゃなく、中味もどんどんまぶしくなっていくその存在に、自分はどこまでやられ続けていくのだろう。そう思ったディアッカはイザークの腕をぐい、と引き寄せた。
「なにする・・・」
「頼むからさ、追いつける範囲にいてくれよ」
耳元でささやいてそのまま首筋に口付ける。うずもれる金髪に白い指を埋めて絡めながら白い服のその人はふん、と鼻で笑った。
「待っててやったら、そんなの俺じゃないだろうが」
いつのまにか『自分』が見えるようになっている言葉に、ディアッカは一人だったときのイザークを思った。自分が離れていた時間、ずっと一人だったイザークは何をみたのだろうか、と。
「・・・あぁ、イザークは前だけ見てればいいよ」
後ろなど見る必要がない、そのために自分はいるんだから、とディアッカはつぶやく。
「だから、お前がついて来い」
そっと背中を抱くように回された腕をそのままに、細い腰を抱き寄せて、頷いた。
「うん、そーする・・・」
こいつの行くところならどこへでも自分は付いていく、それ以外ないのだとディアッカは改めて思う。
「ところでさ、どうして外したりしたの?」
ふと先ほどの勝負を思い出してディアッカは聞いた。しばらく間をおいて、黙っていたイザークは都合が悪そうに小さな声で返す。
「お前の・・・」
「ん?」
「夕べのお前のことを思い出したら手がブレたんだ・・・」
予想だにしない回答にディアッカはそれこそ驚いてガバッ、とイザークを引き剥がす。
「え、なにそれ、マジっ?!」
覗き込んだら白い頬が赤くうっすらと染まった。夕べの、というのはいうまでもなくベッドの中での出来事だ。
「・・・っ」
がっとディアッカを突き飛ばして、銀の髪を振り上げて顔を背ける。
手がブレるなんて素人ならまだしも、プロの軍人、ましてやイザークのレベルでなんてありえない話だ。トリガーに指は吸い付くように馴染んで、どんなことがあっても、たとえ転がり落ちながら撃つとしたって指だけは最後まで離れないというくらいに訓練しているのだ。自分のことを思い出してそれを乱したというのなら、イザークにとってディアッカはとてつもない大きな存在ということになる。
「・・・なら、やっぱりオレの勝ちだ。イザークの集中を乱すなんて・・・」
「うるさいっ!次はないからな、調子に乗るなよ」
睨んで見上げる蒼い瞳はやっぱりとてもキレイでディアッカは満足そうに笑った。
「はいはい、いつでも謹んで勝負をお受けしますよ」
そして。
さっきの仕返しとばかりにイザークの顎に手を添えてその唇をそっと奪ったのだった。
End
2005/10/12
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