Versus
 カツ、と冷えた音がしてトリガーに白い指が添えられた。
 当事者以外の全員が息を呑む。
「手を抜いたら承知しないぞ」
 蒼い目でターゲットを睨みながらそう口の端を上げてイザークは笑う。まるでそれを楽しむかのように。
「わかってるよ」
 その言葉を合図にするように、ゲームはスタートした。


 きっかけはシホの一言だった。
「隊長と副長は、アカデミーでは同期ですよね?」
 射撃の訓練規定をこなしにやってきていたディアッカに赤服の少女は尋ねた。
「あぁ、そうだよ」
 ディアッカはこまめに訓練をするわけではなく、ギリギリまで溜め込んで一気に片付ける。だから、ようやく半分をこなして息をついたところでシホが話しかけてきたのだ。 
「射撃の成績はどちらが上だったんですか?」
 唐突な質問内容にディアッカは声をあげる。
「はぁ?」
 隊長に心酔しているシホにしては意外な質問だ。憧れのジュール隊長とディアッカを比べるというのだろうか。
「だって、副長は射撃お上手ですから」
 シホがディアッカを認めるきっかけになったのは、射撃でシホを上回る成績を目の前で収めたことだった。
「って、イザークはもっと上手いだろ?」
 アカデミー時代、射撃を得意だと言ってはばからなかったイザークのことだ。訓練規定を免除されている隊長になったとはいえ訓練は欠かしていないようだし、腕が落ちているとは思えない。
「それはそうだと思いますけど、なんとなく思ったんです。実際はどうなんだろうって」
 にっこりと笑うシホに厭味は感じられない。本当に単純な疑問なんだろう。
「イザークは見本見せてくれたりしないわけ?」
 シホは以前イザークに指導されたというようなことを言っていた。ならば見本として1セットくらいこなしていても不思議ではない。
「いえ、隊長はお忙しいですから」
 とんでもない、とばかりにかしこまってシホは答えた。
「ふぅん」
 それはイザークなりに気を遣っているということなのだろうか。部下の目の前で隊長が何かすればそれがプレッシャーになるということくらいには気が回るようになったらしいから。
「隊長と副長は良いライバルだったという噂ですけど、本当なんですか」
 ついでとばかりにシホは聞いてくる。
「誰がそんなこと言ってるわけ? イザークのライバルはオレなんかじゃないよ。オレなんか足元にも及ばない伝説のエース、って名前くらいは知ってるだろ?」
 ニコル辺りが聞いたら吹き出しそうなライバル説にディアッカは笑う。その言葉にシホは「あっ」という顔をした。
「イザークのライバルはあいつだけだよ。アカデミーでもいっつも張り合ってたからあの二人は」
 イザークはいつもあいつに勝負を挑むことで忙しかったから、すぐ隣にいる自分のことなんて歯牙にもかけなかったのだ。
「じゃぁ実際に勝負したことはないんですか?」
 言われたディアッカは頷く。
「あぁ、イザークにとってオレは相手にする価値なんてなかったんだよ」
 いつも自分が一番であることが大事だったイザークにとって、一位じゃない存在なんてどうでもよかったのだ。あのころのまっすぐなイザークには目の前にいる存在しか見えてなかった。いつも隣にいる自分に気がついたのはきっと、あのとき離れてからだ。
「勝負してみたいとは思わないんですか?」
 あれだけ上手いのだから、とシホの目は言う。
「別にぃ。思ったことないし、だいたいイザークが相手にしないだろ。それにオレが勝っちゃったりしたらまずいでしょ」
 シホに向けてウインクをして冗談めかしたディアッカが続きをしようと銃を取り直したときだった。
「ほぉ、随分な自信だな」
 突如、背後から声がして慌てて二人が振り返る。
「イザーク」
「隊長!」
 そこには白い軍服に身を包んだイザークが悠然と佇んでいたのだ。シホは慌てて敬礼する。
「何でお前、こんなとこにいるんだよ?」
 銃を置きながら敬礼なんてする気はカケラもないディアッカの問いかけにイザークは眉を顰めて副官を睨む。
「俺がここにいたらいけないのか。時間ができたから顔を出してみただけだ」
 ふん、と腕を組んでディアッカを見る。
 よりによってこんなタイミングに、とディアッカが思っているとイザークが楽しそうに笑う。
「ディアッカ、銃を取れ」
「はぁっ?」
 ディアッカの返事にかかわらず、イザークはきれいに並べられている正式の銃に手を伸ばす。
「お前なぞに勝てると思われているのは気に入らん。ちょうどいい、一度くらい相手をしてやる」
 イザークらしい、高飛車な物言いにディアッカはまたかよとばかりに返事をする。
「別にオレは相手して欲しいなんて思ってないんですけど」
「ふん、それはそうだろうな、アカデミーの成績はそれはそれは酷かったからな。みんなの前でさすがに恥はかきたくないか」
 イザークの言葉にシホは驚いた顔をする。ディアッカの腕前にシホを始めとする赤服みんなが圧倒されたのは事実なのだ。なのにその言い方はまるで落第スレスレの成績を取っていた者に対して言うような口ぶりで、ディアッカを認めている様子はない。そして隣のディアッカを見上げれば、珍しく機嫌を損ねた顔をしている。
「そんなふうに言われるようなことじゃないと思うんだけど」
 冗談めかしてシホとしていた会話をそんなふうにあげつらうなんて、いくら相手がイザークといえども気持ちのいいものじゃない。
「いいから勝負しろ。お前と違って俺は暇じゃないんだ」
 自分勝手なイザークの言い方に、ムッとしながらけれどディアッカは何だか懐かしくなった。
 思えばイザークが隊長という地位についてから、良くも悪くも成長したイザークは周囲の目線というものを気にするようになって、こんなふうに負けず嫌いを表に出した言動をすることがすっかりなくなっていた。それは必要なことだし、いつでもどこでも感情を爆発させて八つ当たりしていた頃からすれば少しくらいは分別を持ってくれたということはディアッカとしては評価しているのだが、時々、そればかりでも何だか寂しいと思うのも事実だった。アカデミーの頃のあの、感情むき出しにして、まっすぐに上に行くことだけを考えていた頃のイザークも、自分とは正反対でディアッカは大好きだったから。
 そして目の前のイザークは、多少は押さえているとはいえ懐かしい「勝負を挑むイザーク」になっているようだった。
「それって命令ですか、隊長さん?」
 揶揄するような物言いでディアッカはイザークを見る。
「あぁ、そうだな、お前がやる気ないならそういうことにするか。ともかくとっとと銃を取れ」
 命令かよ、とつぶやきながらもディアッカはしぶしぶと銃を手にする。勝負を挑みたがるのと同時に気の短いところも顕在化してきてるようで、何だか面白い。白い服を着ているのに目の前にいるのは3年前の17歳のイザーク・ジュールみたいだ、とそう思いながら。
「わぁかりましたよ。どうせ結果なんて目に見えてるのにさぁ」
 付き合わされる身にもなってほしいぜ、と毒づきながらそれでもディアッカはどこかでワクワクした気持ちが湧き上がるのを感じていた。
 隊長と副官。
その絶対的な立場の差はもはやどうしようもないものになっているけれど、こんな風にして対等な立場に戻れるというのはやはり嬉しいものだった。
「勝負は一度、フルセットだ」
 言ってイザークは白い指先でパネルを操作してプログラムをセットする。
「手を抜いたら承知しないぞ」
 トリガーに指をかけたイザークが言う。
「わかってるよ」
 ディアッカが答えて勝負はスタートした。









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