その日。
 イザークが帰ってきたのは、あと1時間で日付も変わるという時刻だった。
「おかえり、遅かったな」
 部屋で待っていたオレがいうと、夕方の不機嫌そのままにイザークは返事をした。
「いたのか」
 なんでそんなに怒っているのか、いまいち理由がわからないオレはイザークに抱きついた。
「そりゃいるよ、待ってたんだからさ」
 けれど、それを振り払いイザークはデスクに座るとPCを開いた。
「まだ仕事―?」
 不満をこめて言うとイザークの頬がぴくりと反応した。
 やばい、あれはマジで怒ってる。
「あ、いや、うそ、仕事じゃ仕方ないよな、うん」
 すごすごと引き下がる。
 イザークの不機嫌に理由があるときはそれについて謝ったりなだめたりすれば解消するのだが、時々ある
原因不明の不機嫌には有効な対策はなく、離れて機嫌が直るのを待つしかない。
 オレはそのままソファの上ですでに読み終わった雑誌を読んで時間を潰し、20分経った。その間イザークは
書斎で淡々と仕事をこなしているらしい。暇をもてあましたオレは立ち上がって酒でも飲むかとサイドボードに
歩み寄り、ブランデーのボトルをだした。イザークの分は、と考えて仕事中なのを思い出す。仕方なく
自分の分だけ用意した。そして何かつまむものをと考えて、昼間のチョコを思い出し、ダンボールを運び入れた
部屋で自分宛の物の中から適当なものをいくつか選び出した。
 それをリビングに持ち帰って中身を確認する。
 最初の派手な包装紙の中身にはジャラジャラと派手なシルバーのアクセサリーが入っていた。
「オレってこーいうイメージなんだ」とつぶやいてそれを脇にやる。別に興味はないし、身につける場面もないから。
 そして次の箱にはしゃれた箱に入った避妊具が。添えられたカードには「私に使って」とハートマークのついた
メッセージがある。それに思わず苦笑する。そんなもの使わなくなって久しいなと。自分が使っていたのはほとんど
軍に入隊する前だけで、でもその頃の噂やイメージはいまだに健在なのか、と変に感心した。
 カタチばかりに入ってるアーモンドチョコを口に放り込みながら、次の箱に手を伸ばす。それにおまけはなくて、
ウイスキー入りのチョコレートが入っていた。
「お、うまそう」
 そういったときだった。
 オレは背後に気配を感じて振り返った。
 すぐ後ろにはいつの間にきたのか、イザークが立っていた。
「あ、仕事終わったの?」
 聞いてみるが、返事はない。
「・・・どうしたんだよ? 今日のイザーク変だぜ」
 下から見上げるようにして言う。実際、朝から理由もなく不機嫌が続いていて、ディアッカもどうしたものかと
困り果てていた。
「うまいのか・・・」
 低くイザークが言葉を発した。
「ん? まぁね。甘くないよ。食べる?」
 答えながら自分が口にしたチョコと同じものをイザークへ差し出す。するとイザークはそれを払いのけた。
「そんなもの、いらん!」
 床に転がり落ちたチョコを目で追いながら、オレはイザークに向き直る。
「何するんだよ、お前。理由がわかんないんじゃ、オレとしてもどうしようもないんですけど」
「お前は、誰からもらったものでも関係ないんだな」
 ぼそり、とつぶやかれる言葉。
「え? 何言って・・・」
 次の瞬間、イザークの手から小さな箱が投げつけられて、オレの額を直撃した。そしてそのままイザークは
早足にリビングを出て行った。
「った・・・。おいっ、待てよっ」
 額を押さえながら、追いかけようと立ち上がる。するとソファからイザークの投げつけた箱がぽとり、と落ちた。
 手のひらにすっぽりと収まる大きさのそれは、シンプルな白い包みに控えめな金のリボンをあしらったものだった。
「これって・・・」
 慌てて拾い上げて箱を開ける。そこには控えめに2粒のトリュフチョコ。
「あいつ・・・」
 不機嫌の理由がそれで解けた。
 笑い出しそうになりながら、慌ててイザークを追いかける。 





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