今日は朝からジュール隊長の副官であるオレは忙しかった。といっても本来の仕事ではなくて、どちらかというと
プライベートな問題にちかい理由ではあったが。

 今日は2月14日。聖バレンタインデー。
 血のバレンタインの悲劇以降、その日はプラントにとっては追悼の日という色合いが濃かったが、それでも一応、
 地球との停戦条約が締結されたことによって、本来のバレンタインとして楽しむような雰囲気になってきていた。
 そして運がいいのか悪いのか、ジュール隊はその日をプラントで迎えていた。宇宙に出ているときであれば、
 そんなイベントごとなど気にする必要もないことだが、プラントにいるとなればそうも言っていられない。
 ザフトで一番有名で、一番人気のある隊長様なのだ。その性格も広く知られてはいたが、それでも果敢にやってくる
 女性たちは数多くいるだろう。オレはそんなことを予想していた。
 
「なんだ、それは」
 部屋に入ったオレの姿を見るなり、イザークは言った。うわぁと思ってしまうほど何故かその機嫌は悪かった。
「あ、あぁこれ? 部屋の前にいた子たちがお前に、って…。チョコレートだろ」
 さすがに今日がバレンタインであることは、きっと違う意味で知っていたのだろう。朝から追悼のニュースで溢れていたから。
「勝手に受け取ったのか」
 イザークはくるり、とチェアを反転して背中を向けた。イザークのデスクではなく、自分のデスクにチョコの山を載せると
オレはイザークの前に回りこむ。
「しょうがないだろ。受け取らなかったら帰りそうもない雰囲気だったんだし」
 腕を組んで見上げるイザークはそれでも聞き入れる雰囲気すらない。
「俺はそんなものいらん」
「わかってるよ、それでも渡してって言うんだから仕方ないだろ」
 カラフルな包装の山を振り返りながらオレが言うとイザークはそれに見向きもせずに言い捨てる。
「お前が受け取らなければすむ話だ」
「そりゃそーだけどさー」
 イザークと違って、オレは必死な女の子をにべもなく断るなんてちょっとできないんだよね。その辺のことはちっとも
わかってないというか理解しようとしてないイザークは平気な顔で結構残酷なことを言ってくれる。周りの人間との調和とか
そーいうこと、気にしないイザークならまだしも俺までイザーク並みに冷たい人間だと思われたくもないっていうのに。
 それでも食い下がるオレにイザークはさらに不機嫌の度合いを増してきた。
「俺が要らないといってるものをお前は勝手に受け取るのか」
 どかっ、と長い脚を突き出してオレの軍服に足跡をつける。
「だって、仕方ないだろ。お前の評判が悪くなるようなことしたくないんだから、オレは。チョコ渡してくるのくらい別に
 たいした問題じゃないだろ。食べろって言ってるわけじゃないんだし」
「・・・」
 以前のイザークだったら、周りがどう思おうとまったくのお構いなしだったが、さすがに最低限の付き合いと
いうものが必要だと、隊長になって思うようになったらしく、その言葉に納得したらしかった。
 本心からかどうかはともかくとして。
「ふんっ、勝手にしろ。俺は関知しないからな」
 ようやくしぶしぶながら許可が出て。オレのその日メインの仕事は隊長宛のチョコの管理ということになった。


 結局。
 夕方遅く執務室に戻ったころには、コンテナが必要なほどチョコレートがたまっていた。
 いろいろな場所で渡されるプレゼントを次々と受け取りながら、普通の仕事もこなしていて正直オレはへとへと
だった。下手に仕事が滞ればイザークの機嫌が急降下しかねないからだ。
イザーク宛にダンボール7箱。オレ宛に4箱。
 それにははっきりと傾向があった。イザーク宛のものはシンプルで高級そうなものが多く、オレ宛のものは
チョコよりもそれ以外のプレゼントが酒やらアクセサリーやらで充実していた。
「どうするんだ、これは」
 それを一瞥してイザークは言う。
「さすがイザークだよなぁ。オレも白着てたら、もう一箱くらいはいけたかな」
「そんなものいくら多くとも、なんの価値もない」
 そりゃまぁね。イザークからしてみればどれだけモテるかなんて興味のカケラもないんだろうけど。
 きっとZAFTナンバーワンだぜ、この量。
「ダイナが笑ってたよ。うちの隊長と副官宛のチョコだけで隊員の非常食には当分困らないってさ」
「ならばどこか倉庫にでも入れておけ。邪魔だ」
はぁあ、と軽く息をついてオレは肩をすくめた。そしてその箱を持ち上げる。
「どうするんだ?」
イザークは聞いてくる。
「とりあえず、ここにおいておくわけにはいかないだろ。イザークん家に送るよ。どうせ使ってない部屋あるんだし」
「お前の分もか?」
 聞かれてオレは考えた。そこまで考えてはなかったけれど、どっちにしろここにおいて置けないのは同じだし、
イザークの官舎に同居同然なのも現実だから、結局はそれが一番スマートだと考えてうなずいた。
 そして一応家主の許可を求めておこうと振り返った。
「それでいんだろ、別に?」
 イザークは答えない。代わりに書類の束とPCを抱えると出口へと向かった。
「俺はこれから会議がある。お前は先に帰れ」
 一言だけ言うと部屋を出ていった。









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