in the rain

 

 朝から一人で本部での会議に出ていたイザークは、会議が終わるなり午後の予定から休暇をとった。もともと会議の後には特に予定はなかったのだが、こんなことをする理由をディアッカは一つしか知らなかった。
「シホちゃん、オレ、午後いなくて大丈夫だよな?」
 モニターで呼び出したシホに向かってディアッカは半ば決め付けてそう言った。
「特に支障はないと思いますけど。隊長の居場所、ご存知なんですか?」
 イザークが戻らないことを知っているシホは、ディアッカの行き先は当然にイザークの元だと疑いもせずそう聞き返す。
「まぁ、だいたいね」
 副官の返答にシホは、さすがですね、とばかりに軽くため息をついた。
「じゃあ明日の朝一番のパイロットミーティングにだけは遅れないようにしてくださいね」
 隊長への忠告とも、副官への当て付けとも取れる言い方にディアッカは苦笑する。
「了解。じゃぁ、あと頼んでいいかな」
 ディアッカがそういうところはちゃんとしている、と知っているシホは頷くとお疲れ様です、と通信を切った。


 ZAFTの施設を出たディアッカはエレカに乗ってある場所に向かった。
 走り出すディアッカの視線の先で、雲が低く垂れ込めている。
 そういえば今日の午後は雨の予定だったな、と思い、よりによってこんな日に、とイザークの配慮ない行動にため息をついた。そうじゃなくても、あの場所に一人で行かせたくはないというのに。
 降り出す前に間に合えばいいのだけれど、そう思いながら、ディアッカはアクセルを強く、踏み込んだ。


 足元に置いた真っ白な花束に雨の雫が打ち付けた。
 だが、その前に立つイザークはそんなものに気づかない。ただじっと石に刻まれた名前と年号を見つめているだけだ。刻まれた名は、ミゲル・アイマン。そうしてしばらく心の中で語りかける。そんなことをもう何度も繰り返していた。
 雨の量は見る間に増して、名前を刻んだ石の色をまるきり濃いものに変えていく。それに構わずにイザークは、次の区画へ歩き出す。そうして足を止めたのは、『ニコル・アマルフィ』と書かれた石の前だった。最後の花束をそっと置く。そしてその姿勢のまま、片足を跪いて、瞑目した。
 雨の粒が次々とその銀の髪の毛を滑り落ちていく。
 軍服の上着はしっとりと濡れて、体の線に沿うように張り付いていた。それでも構わずにイザークは長い睫毛を伏せてずっと語り続ける。今は亡き、同僚へむけて。生きていたときはそれほど話などしなかった。むしろからかうことはしても、まともに会話したことのほうが少なかったというのに、何故だろう、この少年には話したいことがたくさんあった。
「ニコル・・・」
 口に出したのは名前だけ。だが、それに続くいろいろな思いは無言のまま心の中であふれ出す。
 震える睫毛の先を雨の雫が滑り落ちる。イザークはそれきりじっと動かなかった。



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