「バカか」
 短く、イザークは言った。その声が本気で怒っているようでディアッカははっと顔を上げる。目の前にはあきれた顔をした上官の姿。イラだつように眉を寄せ、ディアッカを睨みつけている。
「生きている人間が死んだ者たちに嫉妬して何になる? あいつらの人生は止まったままなんだぞ? お前はずっとこの先だって俺の隣にいられるというのに・・・そんなことでがんじがらめになって、お前はバカだ!」
 苛立ちの半分はディアッカに向けたもの。そして残りの半分はディアッカにそんな思いをさせた自分へのものだった。
「けど・・・! オレが隣にいるときはオレのこと考えて欲しいんだ! あいつらと話をするのは墓の前だけにしてくれよ。歩いてる間だってずっとオレのことなんていないみたいにしてただろ!!」 
 雨に気づかないのと同じように傘があることにすら気づかない様子のイザークを思い出してディアッカは思いをそのままぶつけた。
 そんなつもりはなかったというのに、自分の些細な振る舞いがこれほどにディアッカを振り回しているなんて。イザークはいつも表に出さないこの男の深層心理に触れた気がした。
 きっと日常でもいらだつ場面なんていくらでもあるのかもしれないが、生きた人間が相手ならディアッカはこんなに余裕をなくすことなんてない。だが、死んでしまった人間にはどうやっても敵わないことをディアッカはきっと理解しているのだ。死者との思い出は時がたつにつれ、不思議と美しいものだけが残っていく、ということを。ディアッカもまたイザークと同じ彼らの同僚なのだから。
「・・・」
 何を言ったらいいのか。イザークにはわからなかった。慰めるでもなく、誤解を解くでもなく、どうしたらディアッカに自分の気持ちを伝えることができるのか。いつも彼に向いている、彼だけが支配している自分の気持ちを。
 何も言わないイザークをディアッカはじっと見つめていた。
 あきれられたのだろうか。子供じみたヤキモチをくだらないと吐き捨てられるのだろうか。こんなことを言ってしまったらもう二度と自分が墓参りに来るときについてくるなと言われるのだろうか。ぐるぐると頭の中で考えがめぐるが、その場から動くこともできずにディアッカはただ、イザークの言葉を待っているしかできなかった。
「雨を気にせずにいることがそんなに嫌だというなら、傘なんてさすな」
 突然そんなことを言い出したイザークは前触れもなくディアッカの唇を奪った。驚きに目を見開いたままのディアッカに構わずに抱きついて、イザークはなおも深く、口付ける。
 熱く自分に絡みついてくる舌にディアッカはたまらずに手にしていた傘を投げ出しイザークの濡れた軍服を抱きしめた。


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