共に隊長として昇進して以来、二人が会う時間は格段に減った。それは互いに自らの隊をもち、それぞれが別のスケジュールで動いているのだから当然だったが、それまで当たり前だったことがどれほど貴重だったのかと思い知らされるようだった。
 同時にプラントにいるときはすれ違いのような生活になることも多く、なかなか会うことはできなかったが、それでも同じ空間にいるだけましだった。どちらかが宇宙へ出てしまえば、数週間は戻ってこなかったし、それが入れ違いになることもよくあった。そして、二人が同時に違う宙域に出てしまえば、満足に連絡をとることもできなくないのだ。
 だからこそ、できる限り連絡をとってはお互いのスケジュールを睨み、少しでも時間をつくって、こうして貴重な二人の時間を過ごすようになった。

「ん・・・」
 どれほどの時間が経ったのか、玄関先で抱きしめあったままの二人はようやく落ち着いてその抱擁を解いた。
 それでも物足りないようなそぶりのディアッカを残すとイザークはリビングへと踏み入れる。そして、さすがに軍服の襟を外すと、どかっとソファに座り、足を投げ出して大きく息をついた。
「疲れた・・・」
 荷物を運んできたディアッカはその様子に苦笑すると同時に、ついさっきのことは忘れてたまらなく抱きしめたくなった。
 普通は部隊として入港すると手続きや事後処理などで相当時間を取られて、半日以上はつぶれてしまうのだがイザークはそれをどういう手を使ってだか1時間ちょっとで片付けてきたらしい。そのうえ自ら運転してきたというのだから、まったくいじらしいじゃないか。
「なんか、飲む?」
 キッチンに入りながら、ディアッカは聞く。
「アッサムのミルク入り」
 間髪いれずに返ってきた答えに、はいはい、と笑顔で応じながら、ディアッカも軍服姿のままでポットに湯を沸かす。
「お前、明日は完全オフなのか?」
 明後日が出発だとしたら、前日に片付ける用事がある場合もある。それを気にしたイザークの言葉だった。
「もちろん、全部片付けてあるって」
 イザークが軍港から駆けつけたのと同じように、ディアッカもプライベートの時間を作るためにできる限りのことはしていた。待ち合わせ場所を軍本部にしたのだって、明日の分までそこで用事を片付けていたからだ。
「それに、今日の午後から明日一日、オレは行方不明になることになってるし」
 ディアッカの言葉にイザークは怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだそれは」
「セシルに携帯オフの予告をしてきた。なんかあったらよろしくって」
 セシルとはディアッカの副官のセシル・マクブライドのことだ。一般兵ながら、優秀で気が利くので、ディアッカは何かと彼を使っていた。
「お前、そんなことばかりしてるのか?」
 呆れ顔で言うイザークだが、宇宙港を出た直後に自分でも携帯の電源を完全に切っていた。もっとも、ディアッカと違って自分は完全なオフに入ってるのだ、とは彼の言い分だろうが。
「ばかりじゃないけどさ。たまにはいいんだよ、隊長権限でね」
 何が権限だ、というイザークの目の前に、甘い香りのティーカップが運ばれた。
「お疲れ様。あと、おかえり」
イザークの横に座りながら、ディアッカは言う。自分用にはミルクを抜いたものを用意している。
「ああ、ただいま・・・」
 湯気の立つカップを手にすると、その香りを味わってからゆっくりとそれを口にした。
「うまい?」
「まぁまぁだな」
 言う口元はにこやかだ。
 その頬にディアッカは軽くキスをする。イザークは嫌がる様子もなく、リラックスしている。
「腹減ってる? 何か食べたいものある?」
「いや、別に・・・」
 そういうイザークの体をディアッカは抱きすくめて笑顔で言った。
「じゃあオレはイザークが食べたいんだけど」
「食べ物じゃないぞ、俺は」
 言いながらイザークはその腕をディアッカの首に回してくる。
「でも、大好物だし」
「それは知ってる」
 二人同時に噴出した。
 ソファの上、じゃれるように抱き合いながらシアワセを確かめる。
「会いたくて、会いたくて。お前が遅れるって連絡きた時は超ショックだった」
「なんでだ? ちゃんと帰ってきただろう」
 そっけなく言うイザークをキスでくちゃくちゃにしながらディアッカは応える。
「だって、一緒にいる時間が減るだろ! オレすっげー楽しみにしてたのに」
「だから、俺は急いできただろうがっ」
「うん。走ってるお前見てめちゃくちゃ嬉しかった」
 イザークが走るなんて天然記念物ものの貴重さだ。同じ部隊にいたころはディアッカのことを走るなと注意することはあっても自分がそれを破ることなんてなかったのだから。
「・・・見てたのか?」
「もちろん。エレカ降りたところからずっと。何のために窓際にいたと思ってんの?」
 お前のことを少しでも早く見たかったからだよ、とキスで言葉を伝える。
「お前、嫌いだ」
 照れ隠しにつぶやくイザークの頬にディアッカは構わずにキスを降らせる。
「でもオレは好きだから」
「・・・」
「今から34時間、ずっとイザークのこと抱きしめてるから」
 再び別れるときまでの正確な時間を知ってイザークは一瞬さびしそうな顔になった。けれどすぐにそれを覗き込むディアッカを睨み返す。
「勝手にしろ・・・!」
 言い返しながら、イザークがしたのはディアッカのそれよりもずっと深いキスだった。





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