必須選択の授業でディアッカが「看護衛生」の授業を取ったのは、イザークは無茶をするから怪我が多いだろうという想定のもと、それに備えておこうと思ったからだ。
 プログラミング応用や戦略理論の応用クラスという選択もあったが、すぐにそれが必要になるとは思わなかったし、仮に必要になったとしてもそのときに自分で勉強することはできる種類のものだったが、軽度の医療処置は正確な知識を専門家から実地で教わる必要があると思ったのだ。もともと器用だったディアッカは、衛生兵の候補生たちに混ざって堂々と上位の成績を収めた。
「こんなところでイザークの役に立つなんて思わなかったけどさ」
 痛くない針の刺し方も完璧だったし、点滴の後処理もその辺のナースよりは上手だった。 「お前がいなくなったら、俺は一人で何も出来ない・・・」
 熱のせいか、弱気な発言をしているイザークにディアッカは眉根を寄せる。
「そんなこと言うなよ。イザークは充分優秀なんだから。オレは無駄に器用だって言ったのはイザークだぜ?」
 しゃがみながら汗に濡れる銀の髪をそっとディアッカは撫でてやった。
 イザークは目を閉じてそれを受け入れている。苦しそうな表情が少しだけ緩んだ気がしてディアッカはほっとした。
 そしてその手を離すと立ち上がる。端に置いた点滴のパックとチューブを取り上げて、ベッドを離れようとしたときだった。
 強く裾を引っ張られてベッドを振り返る。
 見るとイザークがその裾をしっかりと握り締めていた。
「イザーク・・・」
「行くな」
 熱で潤んだ瞳で見上げてそうつぶやく。その言葉にどきりとしながら、ディアッカは苦笑した。
「行くな、って言ってもさ・・・すぐに戻るって。医務室に点滴のセットを返しに行くだけだぜ。医療廃棄物はここじゃ処分できないからな」
 なだめるようにそう言うが、それでもイザークの拳は握られたままだ。
「やだ・・・一人にしないで・・・」
 くれ、と最後まで言えなかった言葉が、甘えるように聞こえてしまってディアッカはまいったな、と微笑んだ。
「寂しいの?」
 手にしていた点滴用品をサイドデスクに置きながら裾を掴んでいた手をはがして、代わりに握ってやりながらディアッカはイザークの顔を覗き込む。
 乾いた唇を軽く噛みながら、力のない視線でそれでも寂しいとは認めないイザークは紫の瞳を睨み返した。
 そんな目で見られたら、違う意味で参っちゃうんだけどな、と思いながらディアッカはそのまま床に胡坐を組んだ。
「しょーがないな。ここにいてやるから」
 そういいながら、白い指先にキスをする。ほっとしたようにイザークは表情を緩ませた。
「もう少し寝なよ。起きたら熱下がってるだろうから、そしたら楽になるぜ」
 ディアッカの言葉にイザークは首を横に振った。
「寝たら、お前・・・いなくなるのか」
 不安そうに聞いてきたイザークに軽く目を見開いてディアッカは否定する。
「そんなことしないよ。ちゃんと起きるまでいてやるから」
 相当、熱がキテるんだ、と知らされたようにディアッカは思う。不安を直接口にするなんて滅多にないことなのに、それを繰り返すなんて。イザークらしくない様子にますます代わってやりたいと思った。
     




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